十五
パニックになる乗客をなだめにかかる車掌と整備士をよそに、四人の文豪は先の車両を見た。駆け込んできた乗務員は、同じ顔に目を見開いて「あれ、僕がいる?」と叫び、同じく堀もまた「僕?」と目を瞬く。新美がソレを見て、もう一度「ソックリさんだよ? 驚いた?」とにこりと笑って口を開いた。宮沢が首をかしげる。
「ねえ、乗務員さん、この先に人は?」
「機関士さんと運転士さんがまだ、」
「どこにいるかわかるかい?」
「恐らく、一番先頭車両だと思います。まだ列車が走ってるから……」
高村の問いに乗務員はそう告げる。
「今回は汽車だから、一本道だね」
「そうだね、南吉さん」
「運転士さんと、機関士さんを助けないと」
「大丈夫だよ」
三人の言葉に、宮沢がそう言って笑った。
「きっと、大丈夫。はやく浄化して、菜乃花とお父さんをまた会わせてあげなくっちゃ」
「せやっ」
徳田の声と共に放たれた矢に、そのおどろおどろしいモノはうめき声を上げる。冷たいような青い色を振りかざすように、またその目に宿した黄色の炎を消すこともせずその存在は矢の飛んできた方を見た。すかさず、佐藤が斧ににた刃を振りかざす。攻撃を片腕にまともに受けたソレは黒いインクを撒き散らすようにその場から後ずさった。
「今回はさっきみたいにはならへんで」
その隙を突くように、織田が懐に潜り込むとナイフのような刃で攻撃を加える。後ろに回りこんだ中野が剣に似た刃を振り落とした。
舞い散った洋墨と――声にならないうめき声。
耳をつんざくようなその声に、四人は少し距離を取ってその存在を見た。真っ白であった病室は黒い洋墨がべったりとついて汚れている。どろりどろりと溶けるように洋墨が流れ落ちていた。そこから見え隠れするのは、先ほどいたあの男――菜乃花の父親の顔だった。ひしひしと感じる負の感情に、四人は眉間に皺を寄せる。弓矢を構えた徳田が口を開く。
「さっきの人と同じ存在には見えないけど」
「あれは菜乃花ちゃんに宛てた手紙だから、父親の面が勝ってるんじゃないかな。でも、これは」
「本性というか、負の感情を前面に出してますってかんじやなぁ」
「何があったか知るにも、倒すしかないんだが――」
佐藤はそう言ってその人物を見た。ぶつぶつとその人物は言葉を紡ぐ。恨めしい、どうして、あの女が、アイツが、俺は、あの子がいなければ、俺は、国は、本を。とりとめがなく続く言葉を発するソレはもう正気ではない。
――徳田がもう一度矢を射ようとした時だ。男が紡いだ言葉の羅列が宙から降り注いだのは。その攻撃に四人は咄嗟に回避する。腕を、或いは足を、顔を、髪を掠ったその攻撃に四人はソレを睨んだ。
「オレハ、チガウ、コ――ルハ――ハ、」
「オニイサン、何言ってるかもはやわからへんし、さっさと倒されてくれへんかなぁ!」
そう一気に間合いを詰めた織田に、男はぐるりと織田を見た。かちり、と会った視線。文字でできた刃を振り下ろしたその存在に、織田は大きく目を見開いた。
車両に進むにつれ、強くなる敵はまさしく通常の潜書と同じだった。羊のようなもの、瓶のようなモノ、鞭を持った少年のようなモノ。それらを倒しながら、逃げ遅れた乗客を避難誘導しながら四人は先頭車両を目指して進む。
「さっきのあの人、菜乃花のお父さん、なんですよね」
「うん、そうみたいだ。彼に話を聞いて、色々と謎が解けたよ。新たな謎も生まれてしまったけれど」
「なぞ?」
高村の言葉に、新美が首をかしげる。
「どうやら、錬金術師――司書たちも、かな。自分たちの書いた手帳の中には潜書できるみたいでね。この手紙に菜乃花が選書できたのも、その手帳に近いからみたいだ。僕達が選書できるのは本に近いからみたいだね。この手紙は、あの人が菜乃花に宛てた『物語』ともいうのかな。賢治さんの話になぞらえて作ったみたいだよ」
「なるほど、だから銀河鉄道なんだね」
「でも、そのせいで肝心なところがぼやかされてる」
「どういうこと?」
「菜乃花が知らなくて良いことが省かれてるんだ。だから、この物語の登場人物である彼もまたそこを省く。菜乃花のお父さんがどうして亡くなってしまったのか、とかね」
高村はそこで少し考えて、堀をみた。
「そうだ、堀さんはもう一枚の手紙に潜書したんだよね。何かしらないかい?」
そう首をかしげた高村に、堀は言葉を詰めた。
「――えっと、病室、だったんです。菜乃花の父親の。そこで、彼は侵蝕者になって襲ってきて……」
「侵蝕者に?」
「はい。だから、話も聞けなくて。恨みとか、そう言う負の感情が強かったから――」
堀が足を止めて、ちいさく悲鳴を上げる。その先の車両は、半分が洋墨で汚れていた。中心にいる人の形をした侵蝕者は、機関士の首をつかんで、今にも閉め殺そうとしている。銃を構えた新美が口を開いた。
「悪いことをする人は許さないよ」
その声と一緒に発砲された弾は侵蝕者の腕に当たり、機関士が落とされる。咳き込んだ彼に、高村は堀を見下ろした。
「僕らが攻撃を与えてる間に、堀さんは機関士さんを!」
「わかりました!」
高村と宮沢が時間差で銃を構える。堀が機関士の服を掴むのとほとんど同時に二発の銃弾は放たれた。
ガキン! という音が病室に響く。侵蝕者となった男の振り落とした刃を織田は2本のナイフで防いだ。間一髪というところか。しかしながら、力比べとなったそれに、織田は段々と押されているらしく、その刃は少しずつ織田の首元へと近づいていく。
「オニイサン、首を撥ねるんは勘弁してほしいんやけど」
「ちょっと動かないで、オダサクさん。あと、誤射しても恨まないでね!」
「え」
振り向こうとした織田の頬のすぐ横を飛んでいった矢は侵蝕者の手に刺さる。うめいて距離を取ろうとした侵蝕者の首元を織田はそのままナイフでかっきった。
「いてまうど、おらぁ!」
洋墨が飛び散る。織田が距離を取り、佐藤の横に転がり込んだ。
「えげつない」
「お司書はんに人型ん時は、積極的に首元狙え言われてるモンで。秋声サン、ナイスあしすと! 助かりましたわ!」
「余裕みたいだし、助けなきゃ良かった。矢を無駄にした」
「オダサクさんは放っておいても死ななさそうだよね」
「え、ソレどういう意味なん? 」
「ま、さっき、一番初めに戦闘不能になったのはオダサクだけど、な!」
佐藤がそう言って斧に似た武器を振りかざす。ばっさりと斜めに入った傷口。ゆっくりと、ふらふらと、侵蝕者が後ろに下がる。その背後にいた中野が大きく刃を振りかぶった。
「これでとどめだ!」
なんとか機関士を助け出した堀は咳き込む機関士の背中を撫でた。
「ありがとう、乗務員さん、乗客は避難できた?」
「はい、後ろの車両に。運転士さんは無事ですか?」
「無事だよ。星水車もね。でも、コイツが」
機関士はそういって侵蝕者をみた。
「侵蝕者――ばけものは僕らに任せて。機関士さんは運転士さんと」
「え、でも、」
「大丈夫」
うなずいた堀に、機関士は目を瞬いたが、すぐにうなずいて扉を開けて前の車両――星水車と呼んだ車両へ向かう。ゆらりと侵蝕者が奥にいる三人に向かうのを見て、堀は刃を構え、その背中へ斬りかかった。ざくり、とはいった刃に、飛び散った洋墨。侵蝕者は堀を見る。パイプに青い炎を燻らせたそれは振り払うように炎に似た刃を堀に向かってふりかざす。すんでの所でよけた堀は、「もう一度、」と剣を握り直す。
「ごめんなさい、でも、あの子のためなんです! だから、当たってください!」
また斬りかかった堀に、侵蝕者は口元に歪な笑みを浮かべた。
中野の一撃でどさり、と倒れたその侵蝕者に四人は安堵のため息をついた。武器を下ろした彼らは周りを見る。徐々に景色が戻りつつあるそこは、恐らく時間がたてば元に戻るだろう。誰もが帰るか、と思ったときである。一際黒い洋墨が集まって人の形になり――一番そのの近くにいた中野に牙を剥いたのは。
「中野さん!」
織田と佐藤が中野に手を伸ばすのと、中野が振り向いたのは同時だ。そして、素早く徳田が弓を引いたのもほとんど同時だった。
「――そろそろ僕の視界から消えてよ」
徳田が放った最後の一矢は綺麗にその人物の眉間に刺さる。侵蝕者はその一手に一歩、二歩と歩くと四人に手を伸ばす。
「――アノ子ハ、ボクヲ――シテ――――」
侵蝕者は最後に小さく言葉を継げると、空気に溶けるように、泡が消えていくようにそれは消えた。
「ありがとう、徳田さん、助かったよ。佐藤さんやオダサクさんも」
「別に、穢されても困るしね。立川さんが結構うるさい」
「なんや秋声さん、そんな照れんでも」
「うるさいよ、オダサクさん」
そうそっぽを向いた徳田は元に戻ったその寝台を見る。そこには白い病衣をきたひとりの男が眠っていた。ひらり、と視界に舞った桜の花に佐藤が腰に手を当てる。
「今度こそ浄化完了だな」
その言葉と同時に、桜吹雪が四人を包んだ。
にやりと口元に笑みを浮かべた侵蝕者に堀は斬りかかった。しかし、それは同じく刃で制される。その男の刃は炎に似ているというのに、響くのは刃と刃がぶつかる音だ。しかし、堀に意識を向けると言うことは、その背後にいる三人に背中を向けると言うことと同意義だ。
「手加減はしないよ、君を倒すって決めたから!」
「悲しみは力に!」
「後ろだよ、驚いた?」
そんな声と共に聞こえた発砲音。侵蝕者は真っ黒い洋墨を吐くと、破裂した水風船のようにばしゃりと音を立てて床に洋墨の水たまりを作る。
ゆっくりと蒸発するように消えていく洋墨の水溜まりに四人は安堵のため息をついた。どうやら、倒せたらしい。
「さ、はやく菜乃花を連れてこなくっちゃ。もうすぐ南十字座だろうから」
そう宮沢が後続車両に向かおうとした瞬間、目の前に文字か散らばる。浮き上がるようなその文字は青い光を宿している。しかし、冷たくはない。暖かく感じる光だ。その文字はゆっくりと、はじけるように四人の前で強く発光する。視界が光で閉ざされ――それが収まる頃には四人は部屋の中にいた。
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