十六



 それは同時だった。桜の花びらと共に館長宛の手紙に奇襲を仕掛けた四人が帰ってくるのと、強い光と一緒に菜乃花宛ての手紙に潜書した四人が帰ってくるのは。周りを見渡した八人は、それぞれの反応だった。館長宛の手紙に潜書した四人は大きく伸びをしたとおもうと、座り込んだり、近くにある机や壁にもたれたり、ソファに座ったりする。それに比べて菜乃花宛の手紙に潜書した四人はキョロキョロと辺りを見回した。
「帰ってきちゃったね」
「また行けないかな、菜乃花も一緒に」
「そっちは銀河鉄道だったんだよね、楽しそうだなぁ」
「こっちはもう潜書したくないが」
「僕も同意見だよ」
「間違いなく今回のMVPは秋声サンやろなぁ。あ〜、しんど、按司、ワシはもう動けへん」
 そうやれやれという風にオダサクさんは按司くんを見た。手紙を勝手に読む按司くんは口を開く。
「選べ、自分で歩くか、お姫様抱っこされるか、引きずられるか」
「その選択肢ひどない? いつもやけどさぁ。しかも勝手に他人宛の手紙読んでるし」
「――いや」
 按司くんは手紙から目を離すとソレを折りたたんで封筒に入れた。それと同時に、海野さんの部屋の扉が開く。飛び込んできたのは館長だ。何かを掴んでやってきた彼は肩で息をする。
「みんな、無事か!」
「ええ、なんとか。よくわかりましたね、ここにいるって」
 棋院くんの問いに、館長は「森先生に聞いたんだ」とうなずいた。按司くんが先ほど封筒に入れた手紙を館長に見せる。
「館長、あんた宛のこの手紙なんだが、どうする?」
「浄化できたのか?」
「初期文豪がなんとかしてくれました。菜乃花の手紙は、菜乃花の会派が」
 そう告げた棋院くんに、館長は目を見開く。
「ありがとう、本当に、ありがとう!」
 頭を下げた館長に文豪達は顔を上げるように促した。立川さんが首をかしげる。
「それで、フランスの日本大使館はなんて?」
「ああ、弟は病気で死んだと。どうやら、向こうの流行病だったらしい。帰国も考えたが、ソレも持たなかったと」
 館長の言葉に、そうなのか、と僕らは納得する。ただ、按司くんと高村先生だけが驚いたような表情をして――そのあと、目を伏せた。
「館長、この手紙だが」
 按司くんは手紙を差し出し、館長はそれを「ありがとう」と受け取る。
「先に読んだんですけど、半分白紙でした」
 按司くんの言葉に僕達ものぞき込む。確かに、言葉が途中で途切れていた。中身をちらっと見るに、どうやら病床と最近の報告まで、という感じだろう。
「侵蝕は浄化したから、もともと此処までしかかれてなかったのか」
「もっとおどろおどろしい内容かと思ったけど、そうでもないね」
「それほど兄弟は弱っていたのかもしれない。でも、最後の手紙だ。きちんと読むさ。菜乃花宛ての手紙は?」
「それも、ここにあるんですが――その前に」
 按司くんは館長に渡す前に、海野さんにその手紙を差し出した。海野さんは大きくため息をついて、その手紙を受け取った。館長だけではなく、僕らも首をかしげた。
「菜乃花が起きてませんよ」
「あと五分もしない内に起きるだろ」
「しかたありません、もう一仕事しましょう。手紙は必要ありませんよ」
 海野さんはそう言って扉を見上げる。館長が大きく目を見開いた。
「その扉を使うのか」
「ええ、まあ、」
「扉? どうしてあんなところに扉があるの?」
「海野さんの部屋だけ特別なんだ。普段開けても、壁しかないが彼女の要望でつけたんだ」
 館長はそう言って扉を見た。海野さんは上のプレートを眺める。カチリ、とプレートが本丸、小道という表示に変わる。しかし、その表示は『銀河鉄道』という表示に変わることなく、『桜木下』という表示でとまった。
「さくらき?」
「さくらきのした、です。その名前の通り、大きな桜の木の下なんですが。ま、いいか」
 やれやれというふうに海野さんは手紙を扉にあてると、歌うように口を開く。
「繋ぎませませ、道祖の神よ。那由多と現の間をつなぎませ。誰かが紡ぎし夢の世に、かの汽車がくる夜に」
 その言葉に、プレートがまたカチリと回る。表示を見れば、『桜木下・星夜』となっていた。
 海野さんが扉開けると、その先は広い草原になっていた。たしかに奥には大きな桜の木が満開の花を咲かせ、宝石を散りばめたような空に浮かぶ月がその桜を照らしていた。思わず感嘆のため息がでたのは僕だけじゃない。
「どうぞ」
 そう言って海野さんは僕らを見た。棋院くんが嬉しそうに尋ねる。
「俺たちも良いのかい?」
「別に構いませんよ。家に呼ぶわけではないですし」
「ねぇねぇ、どうなってるの?」
「これも錬金術の一種ですよ」
 新美さんの問いかけにこまったように海野さんが告げる。先に入った海野さんに、他も次々と中に入った。地面の感触は、まさに草原だった。風が木や草を揺らして、桜の花びらを散らす。
「館長は菜乃花も連れてきてくださいね」
「ああ、わかった。こんな珍しい体験、させないわけにはいけないからな」
 館長が菜乃花を抱き上げて、やってくる。海野さんは桜の木に向かって歩きはじめる。後に続いた文豪達も僕達もその後を追った。
 丁度、僕らが桜の木の下にきたころだ。かすかに汽笛の音が聞こえたのは。
「――汽笛? でも、線路なんかどこにもないよね」
 徳田先生があたりを見渡す。立川さんが何処か興奮したように、空を見た。僕も同じく興奮しながら空を見上げる。棋院くんが徳田先生を見た。
「徳田先生! 銀河鉄道の夜です! 宮沢先生の!」
「さっきの汽車が来るって事?」
「そういうことですね」

 ――その音は、遠くから聞こえた。まず聞こえたのは汽笛の音だ。

「また汽笛が」
「ほら、ライトが見えてきたよ!」
 そう指さした宮沢先生に僕らもそちらを見れば、確かにライトが近づいてくるのがわかる。心臓に響くような大きな音が近づいて、大きな大きな汽笛が鳴り響く。ソレはまさに汽車だった。大きな漆黒の体を星空に浮かべると、どんどんとこちらに近づいてくる。
 近づくにつれ緩やかにスピードを落としたその汽車は、僕らの目の前に止まった。最後尾の車両の窓から顔を覗かせたのはかの車掌さんだ。相変わらず佐藤先生にうり二つの彼は、海野さんを見下ろした。
「ああ、アンタが道を空けてくれたのか。来れないからどうしようかと」
「渡した運賃代ぐらいは働いていただかないと」
「ははは、世知辛いな。こっちは助けてくれた四人がいきなり消えたからどうしたモノかと思ったんだが、アンタのところに帰れたみたいでよかったよ……オレやオダサクのソックリさんまでいるのか」
 車掌さんはそう言って佐藤先生を見た。がらりと勢いよく別の窓が開く。
「嘘やろ、ワシみたいな絶世の美青年他におるわけが……ホンマにおったわ」
「整備士、仕事しろ」
「整備はもう終わりました〜、後はこの顛末の始末書だけですぅ」
「わ、さっきの人ですね、」
 整備士さんの後ろから現れたのは乗務員のような格好をした堀先生のソックリさんだ。整備士さんの隣の窓を開けた彼は、堀先生に向かってお礼を言った。……なんだか違和感がする構図である。
「ちょっと、車掌、さっきいってた人たちは見つけたの?」
「わぁ、見て、運転士さん。綺麗な桜だとおもわないかい?」
 がらりとまた開いた窓から顔を覗かせたのは中野先生に似た人だ。運転士は声からして徳田さんだろうか。
「わ、僕のそっくりさんがいる」
「機関士、のんびりしてる暇はないんだからね。車掌、早く乗せないと間に合わないよ」
「わかってるさ」
 そう言った車掌は窓から顔を引っ込ませる。ガチャンと音を立てて汽車の乗降扉を開いた彼は、僕らをみた。
「はやく乗ってくれ。あの化け物を退治してくれたお礼と、あの乗車賃の分だ」
「何処に向かうの?」
「南十字座で折り返して此処に戻ってくるだけさ。ま、他に止まることはないし、回送用の線路を走るから片道1時間半というところか。さぁ、乗った乗った。俺たちは夜明けまでには帰らないと行けないからな」
 その言葉に、宮沢先生と新美先生が飛び込んだ。立川さんが中野先生の手を引いて乗り込んみ、僕もそれに続いて乗り込む。棋院くんに手を引かれて、やれやれという風に徳田先生が乗り込み、オダサクさんと按司くんも乗り込み、海野さんが菜乃花を抱っこした館長の背中を押しながら乗り込んだ。佐藤先生と高村先生も苦笑いしてそれに続く。車掌さんはその扉を閉じると、座席表を引っ張り出そうとしてやめた。回送列車と言うことは、全て開いてるんだろう。
「一等車も二等車もあいてるから、好きに座ってくれて良い」
 車掌さんの言葉に、海野さんが首をかしげる。
「彼は何処に?」
「さっきと同じ場所、二等車のボックス席だ。――乗務員、そこにいるお嬢さんを彼の場所まで連れていってくれ」
「彼?」
 首をかしげた館長に、海野さんが答える。
「菜乃花の父親です」
 その言葉に、菜乃花を抱き上げたままの館長は大きく目を見開いた。そんな彼に乗務員が、こちらです、と手招く。ソレを見て、宮沢先生や新美先生、高村先生もそれに続いた。車掌さんは車掌室に入ると、アナウンスをする。
「――南十字座折り返し、桜木下行き銀河鉄道発車いたします」

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