序・海野さんの話



「そういや、海野さんの誕生日っていつだったっけ」
「アイツの誕生日は確か七月だぞ」
 僕の呟きに答えたのは按司くんである。夕食どきで、文豪達や一部職員で賑わう食堂だ。毎度のことながら家から通う彼女はここにいない。菜乃花の一件で彼女の錬金術がどういうものか判明したからか、彼女は普通の職員達のように玄関から帰らなくなった。どうやら彼女の司書室にある例の扉から帰るようになったらしい。偶に彼女の会派である佐藤先生や若山先生、森先生や菊池先生が話すのを聞くに、彼女が開けた時だけ扉の先が森の小径に繋がり、彼らが開けても壁にしかならないのだとか。
 まるでファンタジー小説――ナルニア物語の始まりのような扉に、菜乃花がいつもワクワクしたように、いや、菜乃花だけでなく話を聞いた文豪達もワクワクしたように扉を開けたが誰一人として壁以外の行き先を開けれたことはない。あの歌のような不思議な言葉を口ずさんでもだ。やはり、彼女しか使えないものなんだろうと僕らは残念がったのは記憶に新しい。
 ――まぁ、扉の話もそうであるが、海野さんは結構謎が多い人だ。
 他の特務司書は文豪と一緒に図書館の敷地内にある寮に住んでいるのに対し、彼女は仕事中しかこの図書館にいない。ちょっと感覚がずれているのか、偶に僕らの話題に首を傾げたりもするし、何もない場所を見て呆れたり、何もない場所をじっと見つめていたりもする。何よりも、彼女は森先生のように帯刀しているのがそれに拍車をかけていた。時代錯誤な人物、というか。文豪だと名乗られても、ああ、やっぱりそうだったのか、と納得しそうな雰囲気が彼女にはあるのだ。
「七月のいつ?」
「中旬あたりだったと……アズマさん、アンタは履歴書見ればいいだろ?」
「海野さんの履歴書だけ、政府の人が回収しちゃったんだよね。元々、政府の人が持ってきた奴だったから」
 そう言って僕はため息をつく。彼女は政府の推薦という形でやってきた。どんな人かと僕と館長はおっかなびっくりで、監視されるのでは、と思ったこともある。一応はその時、推薦書を持ってきた政府の人が全て否定し、彼女も仕事に真面目だし、そんな疑いは1ヶ月程度で無くなったのだけど。まぁ、なによりも、文豪との関係もすごい狭いので文豪の監視という名目は成り立たないのである。映画でよくみるような諜報員だとしても持って帰れる情報はごくわずかだろう。

 ――そう、困ったことに、彼女は仕事の間しかいないのである。
 そして、文豪との関係も極端に少ない。それは、彼女が限られた時間内に仕事を終わらせることができることと、会派の先生達が彼女の仕事を邪魔することもなく協力的だからなせる技だろうか。まぁ、彼女が帰った後は助手兼会派筆頭の佐藤先生が何かと対処したりするときもあるようだが、俗に言う報連相がしっかりしているのだろう。だから、彼女は他の文豪と関わることは少なくてもやっていけるのである。彼女と気軽に話せる文豪は彼女の会派の文豪と初めからいる文豪、そして菜乃花の文豪ぐらいだろう。他は殆ど関係がないのである。文豪達にとっても『喋りはするが、他の四人に比べてよくわからない人』というのが周りの評価だろう。
「でも、どうしていきなり誕生日の話を?」
 そう首を傾げた棋院くんに、立川さんが、誕生日会、と手を叩いた。
「そう、みんなお祝いしてるから、省くわけにもいかないなって」
 この図書館の小さな決まりごとの中にあるそれ。事の発端はクリスマスパーティーの時のように菜乃花の提案だった。今はもうすっかりと定着してしまっているそれだ。僕の言葉を聞いて立川さんが首をかしげる。
「というか、そもそも、遼ちゃんっていくつ?」
「確か、次の誕生日で二十一だったと思うよ」
「二十一歳! ってことは、いま二十歳!?」
 立川さんの驚いたような言葉に、先生達がこちらを見た。按司くんの後ろの席に座っていたオダサクさんが椅子にもたれながら按司くんを見た。
「按司、なんの話してるん?」
「海野の年の話。あと、行儀が悪い」
「へぇ、海野さんまだ二十歳なん? てっきり按司達と同い年ぐらいかと思ってたわ」
「あぁ、確かに」
 注意した按司君の話をまるっと無視したオダサクさんの言葉に坂口先生がそう頷く。オダサクさんは隣のテーブルをみた。隣のテーブルは海野さんの会派が使っているテーブルだ。
「佐藤せんせ、知ってた?」
「知ってる」
 話がまた飛び火したらしい。佐藤先生はそう言って箸を進める。菊池先生が笑った。
「おいおい、佐藤がこの図書館で一番、うちの司書の事知ってるぞ」
「うるさいぞ」
 そう少し顔をしかめた先生に、棋院くんが「否定はしないんだ」と可笑しそうに笑った。
「俺は助手だからな、色々わかるんだよ」
「年も?」
「年は周りに敬語を使うことが多いから聞いたんだ。アンタたちと同い年ぐらいに見えるのに敬語を使ってたからな」
 淡々と答えた佐藤先生に、按司くんがおもしろそうに笑う。
「じゃあ、アイツの好きな食べ物は?」
「それは俺でもわかるぞ。アイツの好きな食べ物は甘いものだ。特に和菓子」
 そうケラケラ笑った若山先生に、立川さんが口を開いた。
「じゃあ、嫌いな食べ物は?」
「それはトマトだ。目を離すと誰かの皿に移されている。だいたい補助をするのは若山か菊池だが」
 森先生の言葉に、菊池先生と若山先生が笑った。
「ばれてらぁ」
「たまに頑張って食ってるからいいだろ」
「俺と佐藤の監視の元でな」
「じゃあ、帯刀してる理由は?」
 棋院くんが誰もが疑問に思っていることを聞いた。佐藤先生が答える前に菊池先生が「あぁ、それな」と口を開く。
「なんでもあれは守刀らしい」
「守刀?」
「ないと落ち着かないらしくってな」
「意外と物騒ですね」
「森先生の刀みたいに抜けないようになってるから大丈夫だろ」
 菊池先生の返答に、按司くんがまた口を開く。
「誕生日は?」
「七月の十七日」
 スラリと答えた佐藤先生に、もう一問、と按司くんが彼らを見て口端をあげた。
「アイツは帰って何をしてる?」
 その問いに、佐藤先生が按司くんをみる。オダサクさんが挑発すなや、と小声で呟いた。
「……仕事、とこの前はボヤいてたな」
「え? 仕事?」
 僕はその言葉に首を傾げる。もしかして、持ち帰ってるんだろうか。それとも、別の仕事があるんだろか。しかしそれから先は彼も知らないらしい。本人がそう言ってたんだ、とだけ告げた佐藤先生に按司くんがまた口を開く。
「じゃあ、アンタが司書じゃなくて遼って呼ぶようになった理由は? その逆も然り」
 先程から打って変わって、からかうような声に、佐藤先生は目を瞬いた。
 若山先生が「おーおーそれ聞いちまうか?」と身を乗り出し、菊池先生がケラケラと笑いながら、実はな、と言いかけて、佐藤先生が頭を抱えて制止をかけた。
 森先生が静かに両手を合わせると、ごちそうさま、と告げ、口を開く。
「司書はこのような場所では多数をさすからな、便宜の都合上だろう」
 森先生の言葉に佐藤先生がホッとしたような顔をした。しかし、森先生は佐藤先生を見て口角を上げる。
「建前では、な」
「森先生、貴方もそんなこと言うんですか……」
 頭を抱えた佐藤先生に、仲いいなぁ、と僕も笑ってしまった。なんていうか、高校生ののりというか。
「じゃあ、佐藤先生」
「なんだ」
 僕の言葉に、佐藤先生が強い口調で告げる。からかうつもりは無いのだと首を振って口を開いた。
「海野さんの誕生日に、海野さんを引き止める役割してくれますか?」
「……それぐらいなら、」
 そう頷いた彼に、じゃあ夜でも構わないからと僕は考える。甘いものがすきなのであれば、ケーキはどんなものがいいんだろうか。それはすっかりケーキ担当となっていた志賀先生も思っていたらしい。どうすっかなぁ、と呟いた彼に僕もまた頷いておいた。

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