四
海野さんの司書室にある例の扉が開いていた。掲げられたプレートに書いてある文字は『小径』である。その通りに、扉の先には森の中の小径が見える。整えられた石畳に僕らは目を見合わせた。机の上に置かれたいくつかの提灯は鬼灯の実を大きくしたような、不思議な形をしている。菜乃花と宮沢先生、新美先生、そして菜乃花の会派に最近加わった小泉先生がワクワクとしたように扉の方を見た。
「まるで怪談話デス!」
「小泉先生、怖いこと言わないでくださいよ……」
そう言った立川さんは背後から扉が開く音がして飛び上がった。それは萩原先生も同時だったらしい。ばっと勢いよく僕らが後ろを見れば、二人の少年がいた。なんだか似ている二人である。同じような背姿に同じような髪色だ。違うのは髪型が少し長いのか少し短いかぐらいだろうか。そのすがたを僕らの間――正しくは堀先生の足元から見たらしい菜乃花が声を上げる。
「ひらちゃんと、まえちゃん!」
「ひらちゃんとまえちゃん? 絵日記に書いてた彼らかい?」
高村先生に三人はうなずいた。その様子に僕は安心する。怪談じみた話じゃなくて良かった。宮沢先生が二人を見て首をかしげる。
「二人がどうして此処に?」
「主が皆様をお連れせよともうされていたので!」
そう髪が短い方の少年が告げる。なるほど、海野さんの家族のような子がこの扉を使って遊びに来ていたらしい。髪が長い方の少年が口を開く。
「さぁ、そこの鬼灯の提灯をお持ちください。皆様は夜目があまりきかないとお聞きしています。足下は整っているとは言え、野外ですので。数に限りはありますが、数人で一つ持てばだいじょうぶでしょう」
二人の言葉に小泉先生がその明かり――提灯と彼らは言ったけれど、おしゃれなランプにも見える――を取った。それをみて他の文豪達も手に取る。そうして、招かれるように僕らは扉の外へ足を踏み出した。
その先は一本道の小径だった。文豪達の本が武器の形にならないと言うことは本の中や手帳の中ではないんだろう。
「君たちも奉公を?」
芥川先生がそばにいた髪の長い方の少年に尋ねる。
「主君をお守りするのも僕らの役目なので」
「あれ? 学校には行ってないの?」
立川さんが首をかしげる。彼は「はい」とうなずいた。
「あれ、遼ちゃん、思ったより酷い?」
「主君は良い子ですよ? 僕らには必要ないだけです」
少年はそう言って、もうそろそろ到着です、と先を見た。その言葉通り、その先には門が見える。近づけばわかるその大きな門に僕らはただただ驚いたようにソレを見るしかない。
海野さんの家はとても大きかった。大きい、というか、屋敷だ。武家屋敷と言えば良いのか、でも所々にモダンな要素があると思えば平安時代の資料に出てくるような雰囲気も組み込まれている。本当に金持ちだったのか、アイツ、とぼやいたのは志賀先生だろう。菜乃花がわぁ! と駆け出し駆けて、少年に止められた。
「なっちゃん、こちらですよ」
「さあ、みなさんも」
そう手招いた二人は玄関ではなく、その横の道から庭に入っていく。僕らもそれに続いた。先に進んだ菜乃花達の感激する声がする。
――建物の角を曲がると、その庭は姿を現した。
それはそれは広く、美しい庭だった。平安貴族の屋敷のような。庭の中にある池には橋が架かっており、木々が風に揺られて爽やかな音を立てる。綺麗な星空と月が映り込むほど水は綺麗なのだろう。屋敷の一部が釣殿のようにせり出しているのもわかる。萩原先生が小さく「犀が喜びそうな庭」と告げた声が聞こえた。
「これは驚いた、こんな庭をあの子が持っているなんて」
「お〜い、さきにやってるぞ〜」
そうご機嫌な声に僕らは庭から家の方に目を向ける。縁側に座った海野さんの会派は酒を飲んでいたり、景色を眺めたりしているらしい。その中に混じってあの青年と海野さんがいる。啄木先生がまっさきにそちらに向かうのが見えた。僕らも追うようにそこに向かう。
「海野さん、こんなとこに住んでたの?」
「はい、実は」
そう笑った彼女の手元にはお酒がある。なるほど、彼女もほろ酔い気味らしい。
「好きに過ごしてくれて構いません。何かあれば――」
彼女が手を叩く。足音が聞こえて、眼帯をつけた男性と三人の少年達が現れる。彼女は彼らをみて首をかしげる。
「あれ、歌仙さんは? 一番喜びそうだったのに」
「彼なら厨房にいるよ、和菓子を作っていたからもうすぐ来るんじゃないかな」
そう答えた眼帯をつけた男性は僕らを見て爽やかに笑う。立川さんが「うっ、イケメン」とうめいて顔を覆った。図書館もイケメン揃いなのになんてことを言うんだろうか、この子は。
「何かあれば彼らに言ってください」
「たんけんしたい!」
そう素早く手を上げた菜乃花に、少年のひとりが「それなら、僕にお任せください!」と笑った。
「この屋敷や庭の隅々まで案内しちゃいます!」
「秋田、危ない場所には行ってはいけないよ」
「はい、主君!」
そう笑った彼はおいてあった提灯を一つ取る。高村先生は「僕もついて行こうかな」とやれやれという風に笑った。
「ええっと、秋田くん? よろしくね」
「はい!」
「じゃあ、あきちゃんね!」
「じゃあ、なっちゃんですね!」
「こっちは賢ちゃんと、南ちゃん。あっちはまえちゃんとひらちゃん!」
「なっちゃん、秋田は僕らとは兄弟なので知り合いですよ」
「そうなの?」
「そうです。僕らは主君のところにいますので――」
「いいよ、遊んでおいで」
海野さんの言葉に二人はきょとんとした顔をした。でも、といいかけた彼らに海野さんは言葉を続ける。
「他にもいることだし、ね?」
「うん、俺たちがいるから大丈夫だよ」
そう赤い髪の毛の少年が告げる。それなら、とうなずいた二人は菜乃花達と合流して庭の中を進み始めた。僕らの視線に気づいたのか彼は縁側に座った。
「はじめまして、図書館のお兄さん達。俺は信濃。で、こっちが浦島」
「へへっ、よろしく!」
鼻をこすった少年は「なんか飲み物取ってくる!」と駆けていく。そこでようやく僕らは各々好きなことをすることにしたらしい。僕は縁側に腰掛けて、綺麗な景色をただただ見つめた。誰かが詩を読むのが聞こえる。たくさんの文豪がいるというのに、狭く感じさせないそこはかなり広いのだろう。彼女は周りを見て口を開く。
「ああ、自由に過ごしてくださいとはいいましたが、この前みたいにあんまり酔い潰れないでくださいね。大変だったんですから」
「ああ、あのときな。自力で帰った覚えがないから、どうしたのかと思っていたんだが……どうしたんだ?」
「ああ、それ、僕らが運んだんだよ」
そう告げた光忠さんに立川さんが小さく悲鳴を上げた。
「イケメンに運ばれた、あんな泥酔してるのをイケメンに見られてしまった、」
「だから、文豪達も格好いい部類じゃないか」
僕の突っ込みに立川さんが違うの! と膝を叩く。そこから僕は彼女のイケメン談義に付き合わされることになったけど。ちなみに隣では花袋先生による美少女談義が繰り広げられていた。
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