八
海野さんの誕生日パーティーの準備のために食堂は今日一日閉まっている。というのも、夜からのパーティーの会場というだけでなく、その時に振舞われる料理の準備もしているからだ。無事に文豪も全員原稿から解放されたためそのお祝いも兼ねてかもしれない。今日は豪華な料理にする、とは原稿から解放された志賀先生の意気込みである。最後の最後までバタバタしていた一部文豪と僕と館長の気分は有頂天だったけれど、食堂のことで一気に地に落ちた気がする。按司くんの会派は按司くんと一緒にB級グルメをめぐりに出かけたし、棋院くんの会派は彼の知り合いのレストラン、立川さんの会派はファーストフードを食べに外出し、職員も外食が多いのだろう。図書館の中はいつもよりがらんとしていた。
館長とお昼ご飯をどうしようかと相談していたら、海野さんが部屋から風呂敷で包んだ何かを両手に持って出てくるのが見えた。
「海野さん、なにそれ」
「お昼ご飯です。今日は食堂が使えないって言ったら光忠さんが作ってくれました」
「それ海野さんが全部食べるのか?」
「まさか。私の会派の分と、菜乃花の会派の分と……って頼んだんですけど、完璧に余りますね。一緒にどうですか?」
「いいのか?」
「構いません。空にしないと持って帰るのに苦労しますから。そのかわり持ってください」
彼女はそういってずいっと風呂敷を差し出した。館長が一つ持つのにならって僕ももう一つを持つ。ずっしりとしたそれはなにが入っているのか楽しみだ。ああ、ちょっと待ってください、と奥からもう一つ小さな包みを取ってきた彼女のそばにひらりと桜の花びらが舞う。風呂敷にも何枚か落ちているし、あの桜の木の下を通ってきたのかもしれない。でも、それは床についた瞬間に弾けて消えた。それをみて驚いていれば、館長が「おおい、東くん、おいていくぞ」と僕に呼びかける。慌てて館長と海野さんの方へ足を踏み出した。
やってきたのは談話室だ。今日は外出している文豪が多いからか、人はあまりいない。そんな中、若山先生が酒瓶を掲げながら僕らを見た。
「お、まってたぞ*ってなんだその量」
「普通の量じゃないな」
「そんなに量があったのか。いってくれればよかったのに」
「途中で館長たちと合流できたので」
近くのテーブルに僕と館長は風呂敷に入ったなにかをおく。ワクワクとしたように菜乃花と菜乃花の会派の四人、佐藤先生たちが近づいてきた。
「ごめんね、僕らもご合い判させてもらって」
「大丈夫ですよ」
そう言って海野さんは先に小さな包みを開く。中から出てきた三つのお弁当箱は小柄である。
「はい、これが菜乃花の」
海野さんが菜乃花にお弁当箱を渡す。菜乃花はワクワクしたようにそのお弁当箱をすぐさま開いた。
「わぁ、わぁぁ!」
そう精一杯の感激したような声を漏らした菜乃花に僕らも菜乃花のお弁当箱の中身をみる。美味しそうな可愛らしい手毬寿司が詰まっている。副菜の人参も花形に切られているし、ウィンナーもタコさんだったりと可愛らしいものだ。嬉しさを表現する為に駆け出しそうになった菜乃花を高村先生は引き止めて、座って食べようか、と促した。自分のお弁当を机に乗っけた菜乃花は宮沢先生と新見先生を急かす。二人のお弁当にまた感激の声をあげた菜乃花を微笑ましくみつつ、僕らも大きな風呂敷をとく海野さんを見た。重箱である。
「いやぁ、こんな立派な重箱は御節ぐらいだな」
そういった館長に、海野さんは苦笑いした。そして重箱を開く。
「随分と華やかだな」
中身を見てそう告げた森先生に僕らは頷くしかなかった。何処の料亭のお重だろうか、と思ってしまうのは仕方ない。お昼ご飯のお弁当というよりは、館長のいうような御節料理だ。
「これを光忠さんが?」
「いや、この中身を見るに蜂須賀と歌仙かなぁ。ということは、こっちが光忠」
そうもう一つの風呂敷を広げ、もう一つのお重を取り出した海野さんはそれを開ける。顔をのぞかせたのは洋食である。こちらも何処の高級店の料理だというような料理だ。美味しそうである。ひょいっと手毬寿司を摘んだ海野さんはそのまま口に放り込む。美味しい、と告げた彼女に僕らは顔を見合わせた。この前も思ったけれど、案外子供らしい部分もあるようだ。同じく若山先生がひょいっと煮物を口に入れる。カッと目を見開いた若山先生は深刻そうな顔で口を開く。
「遼、なんてこった、この料理に見合う酒が足りねぇ」
そんな言葉に僕らも笑う。海野さんも可笑しそうにケラケラと笑った。ひらりと視界に舞った花びらに、僕は窓を見る。窓からは夏の日差しが容赦なく照りつけていた。
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