どれくらい騒いだ後だろうか。飲んで食べて、普段この時間にいない彼女は面識があまりなさそうな文豪と話したりしてすごしている。そのそばには佐藤先生がいてひたすら周りと彼女の間のクッション材を果たしていた。
「館長!」
 そんな中である。一人の職員が食堂に飛び込んできたのは。慌てたようにかけてきたのは一般職員の舘野木くんである。僕の一つ下の代の事務員で――三冊目を見つけてくれた職員だ。館長は彼を見て、あぁ舘乃木くん、と手をあげる。「あれ、舘乃木さん?」と海野さんが首をかしげるあたり、彼女も彼を知っているらしい。
「海野さん、知り合い?」
「時々手助けしてくれます」
「ああ、あの、遼がよく話してる職員か」
 彼女の言葉に佐藤先生が何か納得したように彼を見た。館長が彼に声をかける。
「まだ残ってたのか。どうだ、君もここで一杯いっしょに」
「そんな場合じゃないんです!」
 叫ぶような声だった。その言葉に館長は――いや僕らは普通ではないと理解した。水を打ったように静まったそこに彼は口を開く。
「どうしたんだ?」
「化け物が――」
「化け物?」
「織田作! 武器を取り出せ!!」
 そう叫んだ按司くんに織田作さんは目を瞬いた。館野木くんの上に不気味な影ができる。ヒッと声をあげた彼に、按司くんは近くにあったナイフを掴み――それを影に向かって容赦なく投げた。影は言葉にならない悲鳴に似た声を上げる。僕らが唖然としている間に彼は素早く舘乃木くんに近づき、彼を食堂の中に引っ張りこんだ。
 その背後から現れたのは小動物の頭蓋骨と蛇の胴の骨を組み合わせたような異形だっだ。怪談話に出てきそうな――いや、最近鳴りを潜めていたあの怪談話の元だろう。刀を加えたそれは真っ先に按司くんに近づき――按司くんはひらりと小さな異形をかわした。しかし、*にかすったらしい刃物に血がたらりと流れる。

 ――その姿に僕らは理解する。これが現実であると。

 立川さんが小さく悲鳴をあげ、菜乃花が高村先生の後ろに回り込む。先生達が酷く動揺するのも聞こえた。按司くんが声を上げる。
「織田作!」
「無理や! 按司! 本の中やないんやで!」
「じゃあ、本の外になんでこんな化け物がいるんだ!」
「行儀が悪いですが、失礼します」
 海野さんがそう言ってテーブルの上に乗るのが見える。そしてそのまま器用に長テーブルの上を駆けだした。彼女は小さく何か呟くといつも帯刀していた刀を容赦なく抜き――按司くんにまた襲いかかろうとしていた異形を突いた。その異形はぐらりと傾くと、砂になるように消える。そのまま刀を鞘に収めた海野さんは入り口近くに近寄ると二回手を叩いた。
「絶ちませ断ちませ、道祖の神よ、悪しきものたちを阻みませ。妖、百鬼、渡来人、何度尋ねて来ようとも、悪しきものたちを阻みませ」
 歌うようにそう告げて彼女は頭を下げ、もう一度二回手を叩く。
「守りましませ、守護神たちよ。この地を、彼らを護りませ。彼らは文字を守るもの、彼らの息が絶えたなら、誰が守るか物語。彼らは文字の奏者なり、彼らの息が絶えたなら、誰が戦う文字のため。護りましませ、守護神たちよ、彼らの過去に加護があらんと、彼らの未来を護りませ」
 もう一礼した彼女に按司くんは彼女を見下ろした。彼女は何も言わずに扉から背を向ける。その瞬間現れた異形に佐藤先生が「遼!」と声をあげた。しかし、異形はガラスに阻まれたように入り口に弾かれる。ガン、ガン、と窓ガラスを叩くような音、そこにいる異形が、いや、異形達が入り口にある阻む何かを壊すように刀の柄で殴るのが見える。そしてそれは――食堂のあちらこちらから鳴り響き始めた。窓という窓からは異形が顔をのぞかせて、天井、壁から破壊するような音が鳴り響く。立川さんが涙目になって周りを見渡す。菜乃花がついに泣き声をあげる。真っ青になった文豪達はどうすることも出来ないように周りを見た。かくいう僕も顔が真っ青だった。タチが悪い怪談話のようである。
「森先生、按司の手当てを」
 一人冷静でいる彼女は凛としてそうつげると、森先生は弾かれたように按司に寄った。彼女は腕時計を見、そして館長を見る。どうやら食堂の外側をウロウロする其奴らは食堂に入ってこれないらしい。
「入ってこれないの、?」
 立川さんが安堵したようなそんな声を出す。海野さんは「時間の問題でしょう」と淡々と告げて、館長と猫の方に体を向けた。
「特務司書、海野遼から発議いたします」
 その言葉に僕らは彼女を見る。
「七月十二日、午後二十一時をもちまして、帝国図書館に時間遡行軍の存在を確認いたしました。これより時間遡行軍を討伐、事を起こしたとされる歴史修正主義者の捜索を行います」
 真っ直ぐにそう告げた彼女に、猫はパタンと尻尾を揺らす。
「政府として事案を確認しコレを承認する」
「猫?」
「お前も早く承認しろ、被害が広がるだけだ」
 猫はそう言って館長を見た。館長はおずおずという風に頷く。
「承認する、でいいのか?」
「役職をつけろ」
「帝国図書館館長として承認する」
 そう告げた館長に海野さんはありがとうございます、というと二人に背を向けた。森先生に手当を受けている按司くんが頬杖をついて珍しいモンが見れるな、と告げる。なにが見れるんだろう、と僕は眉間にシワを寄せた。海野さんが大きく手を打ち鳴らした。
「あはりや、あそばぬともうさず、あさくらに」
彼女はまた歌うように告げる。
「愛染国俊、にっかり青江、薬研藤四郎、乱藤四郎、前田藤四郎、平野藤四郎、長曾根虎徹、和泉守兼定、堀川国広、加州清光、大和守安定」
 彼女の言葉に反応するように桜の花びらが舞い、刀が現れた。「そして、陸奥守吉行」と告げた彼女に、彼女の帯刀していた刀が浮かぶ。

「刀に宿りし御神達よ、おりましませ」

 その瞬間、だ。刀の周りにまた桜の花吹雪ができた。それは文豪が現れた時のように人の形を作り上げる。青年、男性、少年、さまざまな姿を作り上げる。格好もちぐはぐで、でも、和装が多い。目をパチリと開けた六人のうちの数人は僕は見覚えがあった。彼女がむっちゃん、と呼んでいた人物と、菜乃花や宮沢先生達が遊んでいた二人の少年だ。ひらちゃん? まえちゃん? と高村先生に押し付けている顔を離した菜乃花に、二人はちらりと見だだけだったけれど。
「詳しく話してる暇はないんですが、赴任当初から予期していたことが起こりました。これより遡行軍の殲滅及び歴史修正主義者の捜索を始めます。範囲は図書館全域。遡行軍の数は不明。その点を踏まえ、短刀はできるだけ戦闘を避け敵の探索及び歴史修正主義者の捜索に年をおいてください」
「じゃ、俺たちは逆に退治すればいいってわけね」
 そう告げた青年に彼女は頷いた。
「食堂には不可侵の結界を張っています。遡行軍はこちらに入ってくることはできかねるでしょう。ここは気にしないで構いません。本にできるだけ危害を与えないように注意してください」
 彼女の言葉に彼らは御意、と返答する。入口の外側にいる化け物にむっちゃんと呼ばれた青年が懐から銃を持とりだす。
「よう狙って――ばん!」
 その銃声を皮切りに、いびつな合戦が幕を開けた。

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