十一
ただ淡々と和装の彼らを見送った彼女に僕らは困惑するしかなかった。入り口前にいた化け物は抜刀した青年たちに斬り伏せられ、消えている。
「夢でも見ているのか」
そう頭を抱えた館長に猫が「現実だにゃ」と答える。彼女は困ったような表情をして猫を見た。
「政府は館長にも言ってなかったんですか。通りで」
海野さんの言葉に猫はパタンと尻尾を揺らしただけだ。館長が彼女を見た。
「海野さん、説明をしてくれるか?」
「構いません。私は他の部署と兼任でこの図書館に配属された司書です。私の、えーと、履歴書? でしたっけ、あの紙。まぁ、それを政府が持ってきて回収したのはそういうことです」
館長は困ったような表情を浮かべた。それは僕もである。彼女の説明はざっくりしすぎていた。
「すまないが、もっと詳しく頼む」
「そうですね、私はある意味では布石、ある意味では監視のためにこの図書館に配属されました」
はっきりとそう告げた海野さんに僕らは戸惑うしかなかった。
「監視だって?」
「ええ。わたしが本来所属する部署はああいう化物を退治する部署です。日本にはこの図書館を含めて重大な役割を担う部署がいくつかあります。図書館が文学を守るためにあるように、それらの部署も何かを守るため、そもそも国自体を守るために動いています」
「では、君の所属する部署はあの化け物を倒すのが役割ということか?」
「いえ、それは付随する任務というようなものです。まぁ、この部署でいう侵蝕者が私の所属しているもう一つではあの化け物です。役割を正しく言えば、『正しい歴史を守る』ということでしょうか」
その言葉に館長が何か思いあたったらしい。まさか、と小さくぼやいて彼女を見た。
「その部署は絵物語のはずだろう?」
「いいや、実在する。だかこそ、海野遼はここにいる」
猫がそう言って尻尾を揺らす。いまいち理解できていない僕らに説明するためだろうか。海野さんが僕らを見た。
「もしも、関ヶ原の戦いで西軍が勝利していたら」
彼女はそのまま言葉を続ける。
「もしも、幕末で維新ができなかったら。もしも、第二次世界大戦に日本が勝てていたら、そもそも戦争に参加していなかったら。そんな『もしも』を叶えるためにあの化け物は暴れまわっています。私達――審神者と呼ばれる人はそれを止めるために刀の付喪神の力を借りて戦っているんです」
「左様でございまする!」
不意に海野さんの足元から声が聞こえて僕らは彼女の足元を見る。コンちゃん、と言って何か小動物を抱き上げた海野さんに小動物は声をあげた。
「主様! またそのような幼語を! いけませぬ!」
「……こんのすけ」
海野さんはくるりと小動物を僕らに向けた。ふわふわとしたなんだろうか。ぬいぐるみのようなものである。顔には不思議な隈取りのような模様が入っているし、目が青い。海野さんに似た目の色だ。館長がそれを見る。
「喋るぬいぐるみか?」
「こんのすけは管狐でございます!」
そう叫んだ小動物に、管狐、と僕らは首をかしげる。小泉先生が嬉々とした様子でやってきて小動物を見た。
「本物の妖怪がここに……!」
「うっ、主様、なにやら嫌な予感が……」
「ソレはただの妖怪ではニャい。向こうの役人だにゃ」
猫がそういって尻尾を揺らす。テーブルに降ろされた管狐は同じように猫を見た。
「ほう、こちらは猫又が使者をしているのですね!」
「猫又ではにゃい」
間髪いれずに突っ込んだ猫に、管狐は「まぁそんなに照れなくとも」と告げる。海野さんがソレを見て苦笑いをした。
「こんのすけはこちらで言う猫のような物です。政府と個人の間を取り持ってくれています。ある意味は役人のような」
困ったような海野さんの言葉に、あの猫と話していた管狐はうなずく。
「しかし、運がよかったですね。まさか今日、こちら側が睨んでいたことが起こるとは」
いやはや、先見の御仁も恐ろしい。
そう告げたこんのすけに僕らは彼――もしかしたら彼女かもしれないけれど――を見下ろす。
「睨んでいた?」
「さようでございます! 我らは先ほど申したとおり、歴史を守る部署なのでございます。これより先の時代、人は時代を遡る術を手に入れてしまった。そのことの弊害から今を昔を守っているのです。そして、その術を悟られないよう秘匿された部署なのでございます。先ほど館長様が絵物語とつげたのはそういうことです」
「時代を渡る? タイムトラベルが出来るようになったと言うことかい?」
目をパチパチと瞬いた中野先生に、こんのすけは大きくうなずいた。
「はい、簡単に言うとそういうことでしょうか。我らの敵は正しい歴史を変えようとする輩なのでございます。わかりやすくいえば、某ドラちゃんのタイムパトロールといいますか」
その言葉に僕や棋院くん、按司君や立川さん、オマケに菜乃花も理解した。というか、菜乃花の会派も理解したのはこの前一緒に見ていたからかもしれない。タイムパトロール? と逆に首をかしげた文豪に菜乃花が「今度ドラちゃんの映画みようね!」と呼びかける。
「――よくわからないけど、過去は変えてはいけないの?」
藤村先生がそう尋ねた。こんのすけはうなずく。
「少しの選択を変えるだけで歴史は変わる物です。たった一人の歴史を変える。たったそれだけの行為で全ては連鎖していき、最終的には歴史が完璧に変わるのです。そしてそれは今を生きる人間の命にも関わります。貴方がよかれと思って変えたのに、貴方の大事な人が別の人生を辿ったり、存在そのものが失われたりします。もちろん、貴方自身も」
「あれは歴史を変えようとしている人間って事か?」
話を聞いて少し考えていた菊池先生が管狐に問いかけた。
「いえ、原則『人間』は過去に遡ることはできません。容易に過去に遡れるのは『人ではないもの』なのです。なのであれらは『人』ではありません。そして、ソレを阻止するために主様がよんだのも人ではありません」
そう否定した管狐は藤村先生をじっと見た。何処か無表情にも見えるソレはぞっとするような瞳だ。
「あと、先ほどの言葉、主様と私は流しますが、そうもいかない場合があるのでご注意ください」
こんのすけはそう言って先生達を見た。
「率直に言いますと、こちら側からすれば貴方達は過去から来たと同意なのでございます。もしあなた方が過去を変えたいなどと言うならば、敵と手を組む可能性があると判断する可能性もあるでしょう」
こんのすけはそう言って尻尾を揺らす。館長が眉間に皺を寄せた。淡々と告げたこんのすけに、海野さんが「こんちゃん」と彼を呼んだ。
「そんなことしないよ、ここにいるひとは。だって、彼らは今を生きているから」
彼女はなんとも思っていないように告げる。
「彼らは二度目のチャンスが『今』にあるひとだ。きっと昔は変えないよ」
「……ええ、そうでございますね」
「第一、そういうことの監視のために私はいるわけじゃない。此処を改変から守るために私はいる」
海野さんはそういって扉の外を見つめた。考えていた森先生が口を開く。
「ああ、そうか。未来からして此処は大事な局面というわけだ」
「私はそう聞いてます。文学が存続するか、消えてしまうか。今はその節目なんです。特務司書が消えてしまえば、文豪も消えてしまう。そして、最後には文学は消えてしまうでしょう?」
「なるほど、これが連鎖というわけだな」
「未来には文学を消したい存在がいるのか?」
「恐らくは。いるでしょう? 過度に有害だと騒ぐ人々がどの時代にも」
彼女の言葉に僕は確かにそうだと思う。今ならばその対象は漫画やアニメに向けられているが、それが何時本に向けられても可笑しくない話である。
ひらり、と桜が舞う。僕らはえっと目を瞬いた。ひらり、ひらり、と彼女の裾から。足下から。髪から。こんのすけがソレを見て口を開いた。
「主様、あと一時間を切りました。そろそろ迎えが来るでしょう」
「うん」
彼女はそう言って困ったように笑った。眉尻を下げて、少しの憂いを目に宿して。
「知ってる」
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