十四



 死者の国から人を取り戻す話は世界各地にある。たとえば有名なのはギリシャ神話の「オルフェウス」の話と日本神話の「イザナギとイザナミ」の話だろう。双方とも共通するのは死者を連れ戻すためにあの世に行くが、その途中で振り返ってしまい酷い結果におわってしまう、という落ちだ。そして、それは青年曰く何かの例え話でもないらしい。
 あんなに真面目にシリアスに話していたというのに、青年のおなかがぐうと大きな音を立てたことによりソレは崩れ去った。「腹減った、飯だ、飯。どうせあの子の分があるんだろ、ソレよこせ」といった彼は確かに啄木先生に似ている気がする。まぁ、そんなこんなで食堂に彼を連れてきたのだ。キツネ面を相変わらずつけながら食堂のご飯を食べる彼は箸を僕らに向ける。
「実際にたまにいるんだよ。自分の恋人だったり、家族だったりを連れ帰ろうとしてたのに振り返る奴が」
「なんで振り返るんだろう、振り返っちゃだめだって知ってるのに」
 藤村先生がそう言って首をかしげる。それはそうだ。あの二つの古典には忠告、なによりそれ以降の人間には教訓があるはずなのである。青年は「まぁ、それはな」と口を開く。
「3つの関所ってのがある」
「三つの関所?」
 首を傾げた中野先生に彼は頷いた。
「神様の領域から出るための門、その下り道途中にある狭間世界の門、そして狭間の世界とこちらの世界をつなぐ門だ」
「ソレがどう関係してるんですか?」
「門は見えるわけじゃない。ただ、その門を通るたびに連れ戻す奴に変化が現れる」
「変化?」
「ああ、一つ目の門をくぐると、つないでいたはずの手の感覚、後ろにいるはずの足音が消える。二つ目の門をくぐるとたくさんのモノが置いていけといい、追いかけてくる。三つ目の門をくぐるとつないでいた手の感覚は戻るが、連れ戻されている奴が理由はどうであれ泣きわめくんだ」
「へぇ、詳しいね」
「まぁ、役人だからな」
「でも、どうしてそうなっていくんだい?」
「神であったものが人としてこちらに降りる為の段階だよ。向こう――神域は大変清らかな場所だ。そこにすむ奴らは通常人には見えやしない。一つ目の門をくぐると見えなくなるのはだからだ。神の領域から出たってことだからな」
「二つ目は?」
「ああ! わかりましたヨ! その領域とやらを抜けたからアヤカシが沢山いるのですネ! 抜けた物を食べようとする!」
「そういうこと。まぁ、そういう奴らは好物なんだよな、そこを通ってる奴らが」
 なんとなしに話を聞いてたんだろう菜乃花が「たべられちゃうの?」と問いかけて、彼は口角をあげて――悪どい笑みを浮かべて、菜乃花をみた。
「捕まったらなァ*! いいこにしてないと夜な夜なオバケがくいにくるぞぉ*」
「!!?」
 菜乃花がびくりと肩を揺らす。何故か立川さんや朔太郎先生も肩を揺らす。その手の人がいうと迫力があるな、とは志賀先生の言葉である。棋院くんが笑いながら按司くんの会派をみた。
「按司の会派は気をつけないとね。特に按司とオダサクさんと安吾さんは」
「子供だましやろ?」
 オダサクさんの問いに青年はケラケラと笑うだけで返答は特になかった。え、と二人は固まった。按司くんは普段と変わらないが。
「最後の門をくぐると泣きわめいたままか」
「いいや、こちらにたどり着けば気を失うらしい」
 ごちそうさまでした、と告げて手を合わせた彼に菊池先生が尋ねる。
「そもそも、どうやってその神の領域とやらに行くんだ? 遼の扉か?」
「ああ、そっか、遼ちゃんのお兄ちゃんなら」
「言っとくけど、俺はアイツと同じ事は出来ないぞ。兄弟だからってアイツと同じ事が出来ると思うな」
 釘を刺した青年に僕らは目を瞬く。
「アイツは母親に似て術に特化してんだ。俺はいまでこそキツネに変化できるが、元は父親に似て刀での戦闘特化だ」
「色々気になるが今は置いておくか。じゃあ、どうするつもりだ?」
「もとより、人間は向こうに行かせる気はねえよ」
 そう言って彼は何かを取り出した。本ではない。巻物である。食器をどかせた彼はその巻物の一部を拡げた。
「うわぁ、読めない」
 立川さんが苦笑いするのもわかる。綴られているのはミミズ文字のようだ。しかし所々に水墨画のような絵が描かれていて、それは途中で止まっていた。のぞき込んだ佐藤先生が『絵巻物か』とぼやき、森先生が「綴られているのは古い言葉だな」という。それをきいて立川さんが余計に顔をしかめた。苦手なんだろうか。
「古典ってこと?」
 そんな会話をしていたら、同じように眺めていた牧水先生が目を瞬いた。
「文が増えた」
「は?」
「いや、本当だって。ほら、挿絵も増えた」
 そう指さした牧水先生に僕らはそこ見る。確かにそこには挿絵が増えている。月を見上げる女の子の横顔だろう。ハラハラと涙を流している。
「遼ちゃん?」
 首をかしげた立川さんに、最初の方を広げようとしていたらしい森先生と佐藤先生、館長がやってくる。挿絵は確かに海野さんに似ていた。また文が数行増える。
「――これはまさか」
「そ。アイツの人生を綴った物だ」
「なんだって?」
「俺たちみたいな奴で、親が普通じゃない奴は七歳で親元を離れる。だから、こういう物が作られるんだ。まぁ、政府は推奨してないし、ある意味邪道だな。様子を見るための一方通行のツールだよ。そして、アンタ達にとっては都合の良いツールだろう」
 青年の言葉に確かにとおもう。これならば、潜書してしまえばいいのだ。館長が少し考えながら、「なるほど、だから人間に向かわせるつもりはない、か」と告げた。
「だが、海野さんはここから出てこれるのか?」
「そりゃあ無理だ。あいつはあんたらみたいに人じゃないが、かといってアンタらと同じわけでもない。だが、お前達は一つだけ他のツールをしってる」
「他のツール?」
「それってひょっとして、あの扉のことですか?」
 そう伺うように尋ねたのは静かに聞いていた堀先生だ。高村先生は少し考える。
「そうか、あのとき、菜乃花だけがあの扉から銀河鉄道を下車できた。僕らみたいな存在は通れなくても、他は通れるのか」
「でもどうやってつなぐんだ。今は誰が開けたって壁だぞ」
「複数人で開けたことはあるか?」
「いや――まさか、複数人なら開けれるのか?」
「あの子が降ろした奴らなら開けれるとおもうぞ。呼び出されたモノは呼び出したモノの力を帯びるからな」
 青年の言葉に、僕らは顔を見合わせる。そして、海野さんの会派の四人が巻物を勢いよく巻いて食堂を出る。僕らはソレを追いかけた。


 答えとしては、たしかに扉が開いた。その先はあの海野さんの住む屋敷に向かう小径だったけれど、前のような美しさはない。ただただ鬱蒼とした場所になっていた。その先に足を進めれば、あの屋敷には人っ子一人いない。それどころか、新築のような綺麗な建物だったにもかかわらずどこか古びたような廃墟までとは行かずともボロボロの建物に変わっていたのである。読まれ掛けの本や、何かを描きかけた紙、そんなものと刀が偶に転がっていた。そうして大広間にいけば、たくさんの刀が並んでいる。
「これは」
「アイツが引き連れてた物の正体だ」
 そう青年は告げてそこを見た。
「あいつらは刀の付喪神さ」
「――遼がいつも帯刀してた刀がない」
 佐藤先生がそう周りを見渡して告げる。青年が肩をすくめた。
「向こうに連れて行けるのは一振りだけだからな。アイツは向こうにいる」
「……みんな遼ちゃんの家族なのに?」
 そう尋ねた立川さんに青年はそうだな、とうなずいた。
「……だから、あの子を連れ戻すのさ」

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