十八
そんなことをぼやいた啄木さんに立川さんが白い目で彼を見る。彼は「なんだよ、気になるだろ!」と刀片手に力説した。確かに気になる。どれも来れも高価そうな物なのだ。ソレを見ていた吉川先生が少し考えて――「おそらく彼女の持つ刀を全て売れば数十億はいくのではないか」という発言をする。それを聞いて、刀を拾い集めていた僕らの手が止まった。啄木さんが葛藤し出すのが見える。立川さんが呆れたように彼を見た。
「啄木さん」
「わぁーってるよ! うらねぇってば! でも、ひろってやってんだから駄賃ぐらい」
ブツブツとそうぼやく啄木さんに僕は苦笑いして吉川先生と所定の場所に刀を置きに行く。それを見送った立川さんはまったくもう、とため息をついた。
図書館の中はぐちゃぐちゃだった。それはあの怪物が暴れたからなのか、海野さんが呼び出した彼らが戦ったからなのか、はたまたあの青年が走り回ったからかはわからない。それを片付けつつ、僕らは彼女の物と思われる刀を拾っていたのである。どうやら彼女が眠り転けると同時に刀に戻ってしまったらしい。刀の付喪神、とは青年が去り際につげた言葉で、それを聞いた八雲先生がワクワクしたように刀達を見ていた。いや八雲先生だけでなく、そういったものに興味があるのだろう文豪達がワクワクしたように刀を見ている。恐らくは小説の題材になるのだろう。そして、もう一つ、文豪達が興味を示した物がある。海野さんの来歴が書かれた巻物だ。今は佐藤先生が預かっているそれである。僕や特務司書の四人は書かれている言葉の読解からはじまるのでめげてしまったけれど。海野さんは目が覚めただろうか、と補修室の方を見る。菜乃花達が本を抱えてやってくるのが見えた。
――青い目をした刀の神は、人の娘に恋をした。そうして生まれたのが一人の男の子、そして一人の女の子である。一人の女の子は――と名付けられ、たいそう大切に育てられた。七つまでは神の子。その習わしにしたがって女の子は七つまで父と母と共にあった。女の子が七つになった日、父と母は姿を消す。引き留める子の泣き声を聞きながら。恋しいと泣く声を聞きながら。それが最初の数え七つ。
補修室の寝台で遼は寝息を立てている。普段は文豪しか使わないようなそこである。なぜなら司書達は別棟に自室を持つからだ。しかしながら、この寝台で眠る司書はその自室をもたない。いや、正しくは自室は持つが寝台や布団といった眠るための道具がない。だから此処に寝かされている。
くるり、と佐藤が絵巻物を進ませる。昔の言葉だ。今に比べて古いとされる自分たちが扱っていた言葉よりももっと古い。今の教育でいう古典という分野だろう。
――女の子が十の時。兄である男の子が十四となり役目のために彼女の前からきえた。数え七つの風習で。そうしてまた、女の子が十四となったとき、女の子もまた人の世界から消える。女の子が十一の頃から学んだ学び舎で共にあった刀とともに。名は陸奥守吉行。かの坂本龍馬がもった刀である。彼はまさしく女の子の兄であった。兄であろうとした。不思議なことに、女の子がそうであれとのぞんだからか、女の子の呼んだ刀達は皆家族であろうとする。役人は云う。七つ数えれば、お前の恋しい本当の家族に会えるのだと。
――一つ。2つ。3つ。女の子の元に刀剣が集う。兄、父、弟。そんな物に取って代わるように。4つ。5つ。女の子は着々と力をつけて、人から足をふみ外す。そうして、6つ。いつの間にか代替わりした役人は女の子に告げる。文学を守る戦いに足を踏み出せと。
身じろぎをする音がして佐藤は絵巻物からちらりと寝台をみた。どうやらまだ起きる気配はない。
――そこにおりたった女の子は選択を迫られる。選ばねばならぬ。四つのうち、一つを。それは最初、女の子が学徒であったとき、陸奥守を選んだ事と同じだ。理由はどうであれ、選んだものと人は縁が結ばれる。だから、女の子は選びたくなかったのだろう。しかし、女の子は一冊の本から目を決して離さなかった。そうして、女の子は一冊の本を手に取った。
「さとうさん、?」
か細い声が聞こえて佐藤は寝台を見下ろす。寝起きだからか焦点が定まっていない目でこちらを見た司書に佐藤は「起きたのか」と頭を撫でてやった。その手に猫のようによってくるのは遼が半分まだ寝ている証拠だろう。それに一つ苦笑いをする。
「まだ寝てるか?」
「もうすこしだけ」
そういってまた目を伏せた遼に、カーテンが少し開く。医務室の主である森鴎外がこちらを見た。
「起きたのか?」
「いや、また寝ました」
「そうか……全部読めたのか?」
「まだ俺が出てきたくらいですよ」
「そうか。不思議な物もあるものだな」
「ええ、全くだ」
ため息をついて佐藤はその絵巻物を元の状態に戻していく。もういいのか? と尋ねた森鴎外に佐藤はうなずいた。
「俺たちが出会ってから先なんて俺たちの方が知ってるでしょう」
「それもそうだな」
――佐藤春夫にその記憶がいつからあるか、というのは酷く不安定ではある。しかしながら、誰かの呼び声を聞いて意識が少し覚醒したのはたしかである。戸惑ったような声だとは思った。でも、どこか凜とした声でもある。その声につられるように歩いて行けば彼女がいたのである。文学を救ってはくれませんか。そう願いかけた少女に自分が是とうなずいて――ここに来たのだ。周りが喜怒哀楽のしっかりとした青年達であったからか、少女は何処か機械的な――無機質な物に思えた。それは恐らく他もそうだろう。しかしながら、何処か間の抜けた彼女にあれやこれやと世話をしていたのは自分の性格の所為か。
「遼は子供だ。何も知らない」
上辺は確かに大人である。礼儀も立ち振る舞いも大人のソレだ。しかし、この司書は中身が子供だ。青臭い恋も、身を焦がすような恋も知らない。何も知らない無垢な子供だ。
「――俺たちみたいな大人が手を引いてやらなきゃな」
「ソレはただの建前だな。君の悪いくせだ。いや、私は別に構わんよ。遼にいろんな物を見せて吸収させるのも。だが、俺たちがやればお前は怒るだろう」
「そんなことは」
「では尋ねよう。佐藤はどうして遼を連れ戻しに行った? 私はあのとき、何も言わなかった。確かに司書はいなくなった。だが、いずれ新しい司書は来る。俺たちの司書がいなくなる。それもひとつの『建前』だ。だが、あそこにはもう一つ正反対の『建前』があった」
「――放っておけば、遼は家族と幸せに暮らせる」
「ああ、そうだ。家族に恋い焦がれた少女の結末としては妥当だな」
そうだ。物語の結末としては、美しいものだ。十四年、願い続けたことが叶うのだから。
佐藤は大きくため息をついた。サイドテーブルに頬杖をついた彼は、森鴎外を見る。
「貴方も意地が悪い。ああ、そうだ、御察しの通りだよ」
佐藤はそう言ってもう一度遼を見下ろす。
「誰のためでもない、俺のためだ。遼を失いたくなかった」
些細なことだ。例えば、しゃんとしている姿勢だとか。例えば、仕事中の真面目な表情だとか。例えば、菓子をもらって食べているとき、うたた寝をしているとき。その表情にひかれる。指先までに見とれる。そういうことだ。普段の少女のようだというに、偶に大人のように微笑む姿に、柔らかく名を呼んで微笑まれたとき心臓が撥ねるのだ。
「黙って手を引いてやる、良い兄貴分でいたかったんだけどな」
ぼやくように告げられた言葉は森鴎外に笑われてしまったが。
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