十九
海野さんが起きたらしい。佐藤先生に手を引かれて現れた彼女は図書館内――談話室に収まりきらなくなってしまった――に置かれた刀と僕達を見る。僕らは少し固まった。というのも、刀を抜いてみたりまじまじと見たり、チャンバラごっこのようなことをしてみたり、いろんなことをしていたからである。高村先生に抱っこされていた菜乃花だけが海野さんに近づいていく。
「ねぇねぇ、遼ちゃん! ひらちゃんとまえちゃん、あきちゃんは!」
そうキラキラとしたような声で尋ねた菜乃花に海野さんは目を瞬いて談話室に入る。
「平野と前田、秋田はこれです」
海野さんはそう言って刀を指さした。館長は指さされた刀をみて目を瞬く。
「その刀、俺たちが借りてた刀だな?」
「ええ、普通の人姿を現すようにはしてないのですが――子供ってそう言う物に敏感なので、おそらく菜乃花と宮沢先生、新美先生には見えてしまっていたんでしょう」
彼女はそう言って周りを眺めて、手を宙に伸ばした。
「ありはや、あそばずともうさぬ、あさくらに」
そこまで紡いだ彼女は勢いよく、「以下省略!」というと大きく手を打ち鳴らした。その瞬間室内だというのに桜吹雪が起きる。視界が埋まるほどの、だ。
――そして桜吹雪がやめば、彼らが姿を現す。周りを見渡せばソファに座っていたり、本棚の上にいたりと様々だ。「おかえりなさい」と告げた彼らに彼女は笑う。それこそ、子供のように。佐藤先生が静かに口元に手を近づけて目をそらすのが見える。
「まえちゃん、ひらちゃん、あきちゃん!」
ニコニコと笑いながら菜乃花が新美先生の手をつないでその中に突っ込んでいき――転けかけたのをそばにいたらしい青年に助けられる。高村先生と宮沢先生が安心したように合流した。わいわいと段々と騒ぎになっていく周りに彼女は自分の会派の元にひょこひょことやってくる。「ただいま」と少し気恥ずかしげに告げた彼女に、四人がきょとんとした表情をしたのが見えた。
「ああ、そうだな、おかえり。ったく、世話を焼かせるなよ」
「おかえり、明日から通常通りに業務ができそうだな。仕事は滞りなく終わっている」
「おう、おかえり。早速だが司書、酒が飲みてぇ」
右から菊池先生、森先生、牧水先生の言葉である。三者三様とはこのことだろうか。酒、酒、と繰り返す牧水先生に繋ぎのような服をきた男性と華やかな着物を着た人がやってくる。
「主、酒だ、酒がたりねぇ。誰かさんが一週間もいない上に酒ナシで出陣だ。酒」
「主、此処は一件落着いわいでぱぁっと呑もう!」
「お、お前さんいいこと言うな!」
「あ〜、ウワバミ三人が出会ってしまった……」
彼女が絶望したようにそう告げる。三人はそれで察したらしい。しばらく、お前いける口か、とかいう探り合いが続き――「呑もう!」という意見で一致した。
「光忠〜、主帰還記念に呑むよ〜」
「そういって何時も呑んでるよね! でも帰還記念は一理あるね。よし、ごちそうを作ろう」
「お、アンタが料理係か? 俺も手伝うぜ」
「本当かい? 助かるよ」
「主、此処はある意味俺たちのせいでこうなったんだ。かたづけるのをてつだうべきじゃないかい?」
「ええ、そうですね。片付けをしてしまいましょう」
がやがやとしゃべり出す彼らに、海野さんはやれやれと息を吐いた。
「じゃあ、厨当番以外は片付け。厨当番は料理作ってて」
テキパキと指示を出しはじめた彼女は、ちらりと僕らを伺うように見る。
「多分向こうで騒ぐと思いますが、皆さんも来ます?」
そこで、行かないという選択肢を選ぶ人はいないと思うのだけど。
がやがやという騒がしい声の中、半分船をこぐ。明日はきっと、みんな二日酔いに違いない。明日が休館日でよかったと安堵する。こうやって話していれば相手が神様だとは思えない気がする。自分たちは主に似るからな、と言ったのは誰だったのだろうか。
まぁ、でも刀剣達の話はとても好奇心を揺さぶられる物だった。新撰組の話を熱心にする刀、はたまた戦国時代、はたまた平安時代。いろんな価値観を持つのである。海野さんにそれとなく聞けば、刀の名前を教えてくれるし、それを聞いた吉川先生がではどれが誰の刀だとかいうものだから、そこでまた騒ぎが起きるのだ。どうやって彼らと海野さんが出会ったのかはわからないけれど、恐らくは彼女言うようにそれが運命なんだろう。
ごろん、と畳に寝転べば少し喧噪が遠のく。少し開いた障子の外――縁側には海野さんと佐藤先生が座っているのが見える。そういえば佐藤先生は下戸だったな、と思いながら見ていれば佐藤先生がそっと彼女を抱き寄せたのが見えた。目を見開いた僕の目を隠したのは坂本龍馬の刀であった陸奥守くんである。なんだ、と思っていれば彼はため息をついて立ち上がる。
そして、おもいっきり障子を開けた。
「佐藤! 主の一番はわしじゃ!」
そんないきなりの宣言に僕だけでなく周りの視線が外に向いた。
「ワシが主の一番の助手ぜよ! ポッと出のおんしに負けん!」
「あのな、俺は別に――」
佐藤先生はそこまで言って言葉を止める。そして、何か意を決したように陸奥守くんをみた。
「――その勝負、受けた」
その声に、こちら側が一段とうるさくなるのはすぐのことで。ただ一人どうやら酔っ払っているらしい海野さんだけがケラケラと酔っ払い特有の笑い声を上げた。
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