序・特務司書の話-五-
立川さんに棋院君、菜乃花に海野さんと続けば、最後の特務司書は誰かだなんて決まってる。赤茶色の髪を後ろに撫で付けて、黒いライダージャケットを着こなした青年、按司くんだ。履歴書を見ると名前は按司隼人、年は棋院くんと立川さんより一つ上。留年や浪人というわけではなく、棋院くんから聞くに高校卒業後一年はどこかで働いていたらしい。そして、特務司書で唯一の喫煙者。最近は電子タバコに変えたらしいけども偶に普通の煙草も吸っているのを偶に見る。
そんな彼を見ていると決めつけは良くないけども、見るからに元不良がある程度いい方向に成長したんだろうなという印象をうける。だから彼はオダサクさんや坂口先生といても馴染むのだろう。ちなみに彼の愛車はハーレーで、偶に会派の誰かを後ろに乗せて買い出しに行く姿をみることもある。警察に怒られるギリギリ手前のスピードを出すんだと困ったように中島先生が告げた言葉だ。しかしながら、意外なことに彼が一番本の虫なのである。僕や他の四人は読むジャンルが大体決まっているのに対し彼が読むジャンルは無造作だ。純文学を読んでいたと思えば、大衆小説、詩、はたまた海外の本、映画のノベライズまで読んでいたりする。アニメ作品のノベライズやお伽話を読んでいる彼を見て立川さんと僕だけでなく職員もがざわついたのも記憶に新しい。一番付き合いが長い棋院くん曰く、論文でも何でも読むとか。棋院くんが文学青年と例えられるのに対し、彼はそういうタイプではない。本の虫、活字中毒としか言いようがないのだ。
「ホント按司って見かけによらずになんでも読むよね」
図書館の玄関口である。図書館の外の小さな階段に座った立川さんが按司くんが読みかけている本をめくってそう告げた。僕がその本を覗いてみれば、外国語の表題が書かれているのが見える。按司くんは手元に工具を持ちながら振り返った。愛車の整備、というよりは愛車にサイドカーを取り付けているらしい。
「あぁ?」
「今なに読んでるの?」
「今日は変なのじゃねぇよ。星の王子様。名作中の名作だろうが」
「ほしのおうじさま? おうじさまのはなし?」
サイドカーからひょっこりと顔を出した菜乃花に僕と立川さんが驚く。按司くんはどうやら知っていたようで菜乃花を見た。
「おい、隠れてろ。みつかるぞ。あとお前にはちょっとだけはやい」
按司くんにヘルメットを被せられた菜乃花は元気よく返事をしてまたサイドカーに潜った。かくれんぼだろうか。今の返事で分かりそうな気がするけども。按司くんはため息をついてまた整備をはじめる。立川さんがフランス語意味わからないんだよねといいながら僕に本を見せる。……僕もフランス語なんて読めないぞ。大学の言語は中国語だ。そんな風にふたりで話していたら背後から足音が聞こえる。振り返れば、棋院くんがいた。
「菜乃花をみてません?」
おっと、どうやら菜乃花はかくれんぼをしてるんじゃないらしい。困ったように笑った棋院くんに、僕は見てないなぁという。立川さんもまた、中庭で遊んでるんじゃない?ととぼけてみせた。棋院くんは僕らの様子に少し考え、按司くんを見た。
「按司」
「見てねぇよ」
「按司、それ本当かい?」
「だから、見てねぇって」
「僕を見ながらきちんと言える?」
「俺はガキかよ」
一向に棋院くんをみる気配がない按司くんに、棋院くんはもう一度按司という。ビクリと肩を跳ねさせた彼はゆっくりと愛車から目をそらし振り返った。困惑したようなオドオドしたような、親に叱られる子供のような表情をして。
そう、彼は致命的ではないけれど、弱点がある。――彼は嘘をつくのが下手だ。
嘘をつくと目が泳ぐ、声が小さくなる他、いつもよりぶっきらぼうになる、その他色々。小学生が嘘をつく時のようになるのだ。
「……ヘルメットおばけなら見た」
僕らが彼の発言に僕達が吹き出す。言い訳にしてもなんだか小さな子供のような言い訳である。そんな僕らに彼は眉間にシワを寄せ、なんだよ、と呟いたが。
「お司書はんいじめたらあかんで、ナイーブやねんから」
バイク越しに顔をのぞかせたのはオダサクさんである。その存在に今まで気づかなかった僕らは小さく悲鳴をあげた。そして、ヘルメットおばけもオダサクさんに気づいたらしい。サイドカーから立ち上がってバイク越しにオダサクさんを指差した。
「あー! さくのすけ! そんなところにいた!」
「おっと、みつかってしもた」
「……ほらな、ヘルメットおばけ」
半分呆れながらそう言った按司くんに棋院くんがやれやれとため息をつく。そしてそのままヘルメットおばけを確保した。図書館の方を見て、「徳田先生、海野さん、佐藤先生、高村先生、堀先生」と人の名前を羅列して呼びかけると、奥から小走りで高村先生がやってくる。
「菜乃花は……」
「……ヘルメットおばけを捕まえました」
按司くんの言葉を引用した棋院くんの発言に高村さんは目を瞬いて、「確かにヘルメットおばけだ」と笑った。菜乃花は自分が菜乃花だと気づかれてないと思ったのか「へるめっとおばけ!」と堂々と名乗る。その姿はどう見ても菜乃花なのだけれど、高村先生ははルメットお化けに合わせて屈んでみせる。
「ヘルメットおばけさん、まずはおやつを食べようか」
「うん!」
「あぁ、でも、残念だけれど、おばけはおやつが食べれないね。菜乃花を探さなくちゃ」
「!!」
高村さんの言葉に菜乃花はヘルメットを取るとオダサクさんに被せた。いでっ! と声をあげた2代目ヘルメットおばけを無視して菜乃花はニコニコと笑う。
「なのか、ここにいるよ!」
「ああ、よかった。さ、中に入ろうか」
「うん!」
菜乃花が高村先生と手を繋いで中に入っていく。それを見送って僕は棋院くんを見た。
「かくれんぼ?」
「いえ、東さんの休憩中に館長の書類が侵蝕されちゃって」
苦笑いした棋院くんに、最近みんな忙しいから構ってあげれなかったもんね、と立川さんが告げる。たしかに最近はバタバタとせわしなかった。侵蝕が急に進んだ本を見つけたり、書類の整備だったり色々と。事の発端といえば、ほとんどがお盆休みをとったりしたことで仕事が溜まり……ということだろうか。棋院くんも立川さんも家族や親戚に顔を出す為世間のお盆休みの前後有休を使い、館長と菜乃花、それに合わせて僕も親戚に顔を出すために休んだりもしている。海野さんは「この時期はちょっと」と目をそらしながらお盆休みをとった。やっぱり幽霊的な物が帰ってきてるのか、という島崎先生の問いに彼女は「この時期は皆さん騒いで煩いんですよね」という謎の返答をしたのだけど。閑話休題。
「そういや、按司くん、夏休み取らなくてよかったの?」
「別に。顔出す場所もないしな」
そう肩を竦めた彼に、家族に会わなくていいのだろうか? と首をかしげる。棋院くんが苦笑いをした。
「せっかくなら、おださくさんや坂口先生達を連れて旅行にでも行けばいいのに」
「あぁ、それええね」
2代目ヘルメットオバケがバイクのシートに頬杖をついて口を開く。
「テーマパークとかいってみたかってん」
「東の方は連れてっただろ」
東の方と言えば、千葉にある大きなテーマパークだろうか。そういえば、一時期彼の会派がそのキャラクターがかかれたシャツを着ていた事を思い出す。今でも偶に着ているのを見かけるけれど。二代目ヘルメットお化けは首を左右に振った。
「西の方のや」
「長崎か、三重か?」
「もー、わかってるくせに。大阪や、大阪」
その言葉に、僕は映画の方のテーマパークか、と納得する。僕もまだいったことがない。按司くんはにやりと笑った。
「わかった、枚方だな」
「ひらかた……?」
立川さんが首をかしげる。偶にネットで流れてくる遊園地だろうか、と僕は首をかしげた。ヘルメットおばけは理解しているらしい。フルフェイスヘルメットの風よけをあげて按司くんを見た。
「あれは遊園地やろ。映画のテーマパーク!」
「あそこいくと絶対敦がややこしくなるぞ、スリルで」
「ええやん、楽しいし」
テンポよく続いた会話に、僕はケラケラ笑う。この時代を一番楽しんでいるのはもしかしたら按司くんの会派かもしれない。しかしながらそんな会話も誰かがバタバタと走ってきた音で止まる。そちらを振り向けば、話題に上がった中島先生が走ってきた。困ったような顔をした彼は按司くんに声をかける。
「按司くん、」
「どうかしたか?」
「坂口さんが有魂書に潜書したんですけど、時間が可笑しくって」
「時間が?」
先生の言葉に按司くんだけではなく棋院くんと立川さんも首を傾げた。
「はい、潜書完了まで五時間を指して」
中島先生の言葉に棋院くんと立川さん、按司くんが顔を見合わせた。立川さんが首をかしげる。
「最長って何時間だっけ」
「今のところ十時間で安吾だ」
按司くんの言葉に棋院くんが考え込む。
「五時間と言えば、今のところは芥川先生だけれど……」
原則として、であるが――というよりは、今のところといった方が良いのかもしれないけれど、どうやらもう転生している人が現れることはないらしい。彼らの報告書によると、同じ人物を連れてきたと思っても、それは結晶のような者に変わってしまうらしい。同じ人は存在できないだからだろうか。それに付け加えて、違う司書から同じ人物が現れることもないらしい。すなわち、棋院くんの会派にいる文豪が按司くんの会派として転生することもまたありえないのではないか、とは館長の推測である。もし、同じ文豪が来たのならばその前提に似たものが崩れることになるのだろう。彼らが少し怪訝な顔をしているのはその関係だろうか。
「……まぁ、時計使えば誰かはわかるだろ。敦、オダサク、行くぞ。棋院、バイクはこのままにしてくれ」
按司くんは手袋を外してたちあがる。オダサクさんも同じくヘルメットを外して中島先生と共に図書館の中に足を踏み出した。
「按司って見かけに反して結構真面目だよね」
立川さんが背中を見送ってそうつげる。確かに彼は真面目だ。なんだかんだ言いながら、きっちりとこなしてみせるのだ。それは仕事に対してだけではなく、他の職員や文豪からの頼みも含まれる。棋院くんはクツリと喉を鳴らして笑った。「按司は見かけ詐欺みたいなところがあるからなぁ」と。
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