一
有魂書が五時間をさしたその日から――図書館はてんやわんやとすることとなる。正しくは、もとより昔に展開された文豪間の仲の拗れが再びというか。今までは司書が間に入って事なきを得たり、唯一いる幼女の司書が喧嘩はダメでしょ! と怒ったことにより仲の拗れはあまり表面化しなくなった。最近増えた文豪と言えば海野さんが呼び出した四人の文豪達であるが、彼らは穏やかな人が多かった為に最近はこうはならなかったというか、なんというか。
海野さんが眉間にシワを寄せて足音を鳴らして歩いている。佐藤先生が大変困ったという顔で彼女を引き止めようとしている。按司くんがそれをみて頭を抱えた。
「あの馬鹿お前に何言ったんだ」
「いえ、別に。今日はちょっとはやいですが上がらせてもらいますね」
僕に早口でそう告げた彼女は、近くにあった扉に手をつき「繋ぎませ、本丸」と告げた。遠慮なく彼女は扉を開けると彼女の家族達が驚いたようにこちらを見る。彼女は中に入れば困ったような顔をした陸奥くんが現れたが――何かいう前に海野さんが扉を閉めた。慌てて佐藤先生が扉を開けたけれど、そこはいつもの通り事務用品を置いている倉庫である。彼女の錬金術は相変わらずファンタジー小説さながらのものだ。佐藤先生が頭を抱えてため息をついた。苦労人に磨きがかかっている気がする。按司くんがタバコに火をつけて口を開いた。
「危惧してたことが起きたな」
「まったくだ」
佐藤先生もそう言ってタバコを咥え火をつけた。まぁ、禁煙とはしていないから別にいいのだけど。それよりも、である。
「どうしたんですか? 海野さんが怒るなんて」
「どうせ太宰が佐藤センセに海野がふさわしくないとか、ちんちくりんだとか、余計なこと言ったんだろ?」
紫煙を燻らせながら按司くんが佐藤先生をみる。佐藤先生は頭を抱えながら、その通りだ、と告げた。僕はその言葉に「あぁ、なるほど」と理解する。それもそうで最近起こるいざこざというか事件の多くが太宰先生によって引き起こされているのである。志賀先生に喧嘩をひっかけたりは結構日常茶飯事になりつつあるし、職員と話してる間でちらほらと相手を怒らせたりするのだ。その度に僕らが止めたり――今のところ、棋院くんの「志賀先生お仕事です」が一番効力がある――騒動を聞きつけてやってきた菜乃花が怒ったりしているが。
「最初は遼も笑って流してたんだが……」
「アイツにそれはダメだろ。調子にのる。立川みたいにすぐ怒るか、棋院みたいに笑顔で毒吐くかが一番いいと思うぞ。あとはアンタが海野の手伝いを理由に太宰に構わないのも原因」
そう口端をあげながら告げた按司くんに、佐藤先生は言葉を濁して目を逸らした。その様子にそういえばと思い出す。彼と太宰先生は師弟関係であり、すごい手紙を送られたりしたんだっけ。佐藤先生の表情を見れば、どうやら太宰先生が苦手らしい。こうしてみると彼は本当に苦労人である。佐藤先生は苦笑いして頭を抱えていたが、すぐに口を開く。
「……アイツは一人で大丈夫だ」
「それがダメだからアンタに縋ってんだろ、ガキみたいに」
「……太宰には、オダサクや坂口、お前がいるだろう?」
困ったようにそう告げた彼はポケットから携帯灰皿を取り出して、タバコをそれに押し付けた。廊下の先から正岡先生が海野さんを探す声がする。足早にそちらに向かって消えた佐藤先生を見送って、按司くんは肩をすくめた。
――あの日、五時間という潜書時間でやってきたのはかの有名な太宰治だった。
真っ赤な髪、華やかな服装に身を包んだ彼はたいそう自信家に見える。というか、ちょっとだけ面倒くさい人だ。いや、僕なんかには普通に良い人なんだけれど、人によってかなり態度が変わるというか。按司くんは元から坂口先生とオダサクさんと仲が良かったからすんなりと馴染んでいるように見えた。ちなみに彼がきたことにより、按司くんの会派の旅行計画はナシになったのだけどまぁそれは仕方ないだろう。按司くんは中々にスパルタだと文豪達がいっていたから、恐らく太宰先生も引き連れられて潜書をこなしているに違いない。体育会系のノリというのかもしれないけれど。……太宰先生は大丈夫だろうか。
「あぁやっていつまで逃げる気なんだろうな、あの人」
太宰先生の心配を巡らせていれば、按司くんが面白そうにそう告げた。彼はたまにそういう節がある。他人を小馬鹿にする、というか、揶揄うようにそうつげるのだ。芥川先生曰く、按司くんは人間観察に秀でている、らしい。そのくせ自分の手のひらは見せない子、とは夏目先生達の彼に対する評価である。
「按司くんは何を楽しんでるの?」
なんとなく僕の口から出た言葉に彼はこちらを横目で見下ろす。僕が首をかしげると彼はため息をついた。
「あのな、アンタ、そういう仕草をするから幼く見られるんだぞ」
携帯灰皿にタバコを押し付けた彼はひらりと手を振ってその場を後にする。どうやら答える気はないらしい。まぁ、僕がその背を見送っていれば隣から急いでやってきた吉川先生に呼び止められたけれど。何かを離した後、彼は近くの窓から中庭の方に出て行った。最初は彼の動きに驚いたけれど、今や慣れた物である。彼が窓というショートカットを使うと言うことは、何かあったらしい。僕も足早にそちらに向かう。吉川先生がこちらに気づいて「あぁ、東、」と声をかけた。
「どうしたんですか?」
「太宰がちょっとな、」
そう苦笑いした彼は窓から中庭を見下ろした。池から按司くんが太宰先生を抱えて上がってきたのが見えて僕も慌ててその場から駆けだした。
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