けほり、と、ずぶ濡れの太宰先生が水を吐く。そして助けに入った按司くんをきっと睨んだ。邪魔するな、死にたいんだ、と告げた彼に按司くんは見下すように告げる。背筋がヒヤリ、とするような視線だ。蛇に睨まれた蛙のように太宰先生が固まる。
「死にたきゃ図書館の外で死ね。人目につかない場所で死ね。自分の死に様で他人に迷惑をかけるな」
「っ」
「なんなら、お前の持つ釜で首を跳ねればいい。心臓にナイフをひとさしでもいい。それとも切腹するか?無理だよな、お前にそんな勇気はない。そんなに死にたいなら、俺が殺してやろうか」
 按司くんの発言に太宰先生が震え上がったところで、パン!と 言う手を叩く音がした。そちらを見れば他の先生に連れてこられたのだろう棋院くんである。
「按司、言い過ぎだ。太宰先生は一応医務室へ。オダサクさんと坂口さんは二人の着替えを持ってきてください」
 棋院くんを指示に周りはハッとしたように動き出す。按司くんの背中をポンと叩いた棋院くんに、按司くんはチラリと太宰先生を見てから、目を泳がせて口を開いた。
「悪い、言い過ぎだ」
「まぁ、按司が怒るのはわかるよ。命は簡単に投げ捨てちゃダメなものだから。太宰先生、海野さんもきっとそこまで怒ってないですよ。俺からも話しておきますから、ね?」
 棋院くんの言葉はまるで子供に言い聞かせるような言葉だった。太宰先生の涙腺が若干緩んだところで棋院くんと按司くんにより彼は医務室に運ばれたのだけれど。そのあと医務室で森先生と館長(と菜乃花)に説教を食らうことになるとはおそらく彼は思っていなかっただろう。

「何かあったんですか」
 医務室に顔を出した海野さんは、そこにいた太宰先生を見て眉間にシワを寄せた。ビクリと肩を跳ねさせた彼に、棋院くんがまぁまぁと海野さんを宥めるのが見える。
「海野さんも怒らないであげて。太宰先生も反省しているようだし……」
「そこまで怒ってないですよ」
 その割には海野さんは不機嫌そうだ。
「でも、私だって、理解していることを指図されて受け流せるほど大人ではないので」
 そりゃあそうかと僕は納得した。彼女は棋院くん達と同い年ぐらいの年齢に見えるけれど、ほんのすこしだけ年下なのである。そして、(僕が思うに)致命的に社会的経験がない子だ。それでも大人びているのは環境が環境だったからかもしれない。
「ただ、太宰先生に言えるのは、貴方が按司を按司が貴方を選んだように、私は佐藤先生を最初に選び、彼もまた私の手を取ってくれました。私は彼と縁があった。それだけです。それは似合うとか似合わないとかいう問題ではありません。どちらが不釣り合いだとか、服装、外見、性別、そんなものも関係ありません。縁というのは時にデタラメに人と人を結びますばれますからね」
 海野さんはそう言って周りを見渡した。誰かを探しているのか、彼女には何か見えているのか。太宰先生は彼女を不服そうに見上げる。
「俺が按司を選んだ? 俺はなぁんにも選んでない。どうせなら棋院とか、立川さんの会派が良かった」
 オダサクと安吾はいないけど。
 太宰先生は頬杖をつきながら告げた。彼女はもう一度太宰先生に目線を移す。
「……そうですか。ならば、何か意味があるんでしょう。人に生きる意味があるように、出会うことにもまた意味があると私は聞きました」
 彼女はそう言って言葉を句切ると、カルテにペンを走らせていた森先生を見る。
「……森先生、按司を見ていませんか?」
「彼なら自室に向かったぞ」
「按司ならしばらく会わないほうがいいよ。荒れてるから」
 棋院くんが海野さんにそう告げた。それにしても珍し……くもないか。按司くんと海野さんは結構仲がいいイメージがある。按司くんと棋院くんの仲には敵わないけれど。双方淡々としているけれど、協力するときは協力している、そんな風な間柄に見える。海野さんは棋院くんの言葉に言葉を返す。
「あぁ、彼の機嫌はこの際どうでもいいというか。話を聞きたいだけなので」
「何かあった?」
「『何かあれば』いいんですけどね。また報告します」
 彼女はそう告げて僕ら――というよりは森先生――に頭を下げた。それを見送った太宰先生が、可愛げがない、とぼやいた。まぁ、僕らも最初のイメージはそんな感じだったので苦笑いをするしかない。正しくはかわいげがないというよりは、つかみ所がないのだ。森先生は少し笑いながら「うちの司書は人見知りだからな」とだけ返した。確かに、彼女は人見知りである。
 ――しかし、そのあと聞こえてきた破壊音に似た音に僕らは肩を跳ねあげる。棋院くんが頭を抱えて扉の外を見た。
「ほら、言わんこっちゃない」
 そうつぶやいて彼は一番に医務室から駆けだした。僕は太宰先生に安静にしているように告げて森先生に後を頼んで同じく駆けだす。全く、本当に最近は事件が絶えない気がする。


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