四
救急隊が困惑したように按司くんをみる。いつもの調子に戻った彼はただ救急隊を見下ろしている。
「えっと、」
「何処に連れていく気だ。コイツを殺せば他部署の対応が厄介になるぞ」
その言葉に彼らは驚いたように海野さんを見下ろしてまた彼を見上げた。
「なにを、我々はただ、彼女を病院に、」
「ふぅん? で?」
按司くんはどこからかするりと細長い針のようなものを取り出す。それを救急隊が持っていた点滴パックに向かって投げた。ぱしゃり、と、水風船が飛び散るようにその点滴パックは弾け――救急隊員の顔が真っ青になる。立川さんが、ちょっと、と按司くんを怒りかけて棋院くんが止めた。按司くんはコップの中の水を点滴の水の上にぶちまけた。
「床にさっきと同じ化学式が出てる」
「え、あ、え!? どういうこと?!」
「これは、海野をそこの人達が殺そうとしたってことか?」
独歩先生が眉間にシワを寄せながら按司くんに問いかけた。按司くんはその言葉に応えることはなく彼らをみた。
「ああ、ああ、残念だな、それがかかった人間は死ぬだろうな。コイツがすぐに死ななかったのは、毒に耐性があったわけじゃない。半分が人間じゃなかったからだ。それがかかった人間は、特徴的に死を遂げる。呼吸ができているのにチアノーゼ、毒をいれた場所に広がる花のような紫の痣。どんな人間も、あっけなく死ぬ」
嘲笑うように彼は告げる。彼らは逃げるように、後ずさると――そのまま窓から飛び出した。う、え!? と啄木さんがバタバタと窓の外をみる。
「は、ぁ!? いねぇ!! どうなってんだ」
「……立川、薬剤をぶちまけとけ、中和されるだろ」
そう顎で立川さんを使った彼にぽかんとしていた立川さんが、ハッとしたように按司くんをみた。
「え、ちょ、っと! なにあれ! なんでドラマみたいなこと起きてんの!」
「それでこそ小説みたいな話だ」
「君と海野さんが言い争ってたことかな?」
どこからともなく現れてメモ用紙を取り出して島崎先生が按司くんに近寄った。
「言い争って?」
「コイツが……いや、あっちの部署がへんな場所に気づいたからな」
溜息をついて按司くんは僕らをみて、チラリと棋院くんをみる。そして、一度目を伏せると口を開く。そして、自らの紐タイに指をかけてみせる。
「ネクタイ」
「え?」
「俺と海野は紐タイで、お前らは通常のリボンやネクタイである理由をしってるか?」
その言葉に僕は首をかしげる。たしかに、こちらから支給されるものはただのネクタイやリボンなのだ。そこに紐タイと呼ばれるそれは含まれない。館長も知らないのだろう。彼は首を左右にふった。
「いいや、君たちがアレンジしているものだと思っていたが」
「あぁ、やっぱり館長も隠されてたんだな。これは端的にいって、目印だ」
「目印?」
「これをつけている奴らがお互い何処かと繋がってることを示す」
彼はそう紐タイで遊ぶように指を絡ませる。まるで手持ち無沙汰な子供が髪の毛で遊ぶように。
「海野の場合は、審神者即ち政府の中でも歴史を守る部隊と繋がりがあることを指す」
「おいおい、なら、按司もどこかに繋がってるってことか?」
坂口先生が冗談めかして彼を見た。按司くんはやれやれと息を吐いて僕らを見やる。
「残念だが、三馬鹿もほかのセンセー達も、棋院も、その他従業員も、按司隼人という青年とはおさらばだ。ま、なんだ、楽しかったぜ」
どう言うこと、と僕らが尋ねる前に、按司くんはするりと紐タイを外した。後ろに撫で付けていた前髪を下ろす。すると、彼の髪色が赤から黒へと変わった。変わらないのは目の色くらいだろうか。彼はいつもの飄々とした笑みではなく、ただ表情を抜け落としたような顔で館長に跪いた。
「これまでのご無礼をお許しください。前の直属の上司にああであれと言われたもので」
彼はそう言って僕らを見上げる。
「改めてはじめまして。僕の名は陽炎。日本政府公安隠密局より遣わされた忍です」
そうニッコリと上部だけの笑みを浮かべて彼は告げた。今までとは正反対の笑みで。
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