目の前にいる人物は、果たしてあの按司くんと同じ人物なんだろうか。仕草や喋り方、身の置き方、そのどれをとっても彼は違う人物に見えた。場所を移して談話室である。彼は窓側を陣取って、按司くんとは正反対の人の良さそうな笑みを浮かべている。
「なに、公安といっても貴方達を見張っているわけじゃないんです」
 そう告げた彼に、ならばこの図書館を守ってくれてるのだろうか、と思う。「我々はこの国の利益になりうることには手を出しませんから」と言った彼に坂口先生が「へぇ、」と呟いた。
「じゃあ、俺たちがこの国の不利益になりそうってならどうなるんだ?」
「知りたいんですか?」
 彼は笑みを崩さないまま坂口先生を見た。オダサクさんが「そりゃあなぁ」と告げる。
「ワシらは基本、自分の主義に従って文学をしとるもんで」
「そうですね」
 彼は少し考えるような仕草をする。そして、人差し指をぴょんと立てて今日一番の笑顔で口を開いた。
「消えてもらうでしょうね」
「消え、」
「貴方達が不利益と判断されたのなら、この国の為に消えてもらうのが一番でしょう」
「……なら、海野さんは」
「彼女はいらないことに首を突っ込んだ。だから、我々の一部によって黙らされた。按司隼人は怒ったでしょう。アイツ、嘘をつけないんですよ」
「そこ、他人事なん? 自分」
「他人事ですよ、彼は僕らの作り上げた虚像だ。この世にいない人物ですから」
 その言葉に棋院くんがキュッと眉間にシワを寄せた。
「按司がいないだって? 今の今までここにいたのに?」
「そうなるよ。彼はこの世にはいない。全てはこの国が書いた小説の登場人物ってわけだ」
 彼の言葉に棋院くんがいらついたように彼に問いかける、
「なら、君は按司じゃないと?」
「そうだね」
「じゃあ、君がここにいる理由はないね」
 棋院くんがニコリと笑いながら彼を見た。スッと、彼は笑顔を消す。棋院くんは負けじと彼を見る。
「ここにいるのは公安だとか、そういうのじゃない。ただの按司隼人だ。君じゃない、俺の親友の按司隼人だ」
 はっきりと言い切った棋院くんに、眉間にシワをよせて話をきいていた館長が制する。
「まぁ、待つんだ、棋院くん。……政府はここが必要だと思っている、我々は利益を出す組織という解釈でいいんだな?」
「そうですね、」
「だが、残念ながら我々は文学を守る組織だ。利益だけを出すのは難しい。昔弾圧された、発禁処分になった、そういう文学や思想書も保護の対象になるが」
 まっすぐに館長は彼に尋ねる。彼は肩をすくめた。
「さぁ、何が利益になるのかは僕にはわかりません。なんたって、僕はただの使いっ走りですから。利益不利益を判断するのは僕じゃないし、貴方でもない」
「日本国民が決めるとでもいうのか?」
「まさか。国民の誘導だなんて、情報統制でなんとでもなる。それは文豪さんがよく知ることではないですか?」
 彼はそう言って肩をすくめた。文豪達はその言葉に黙り込む。彼は何かに気づいたのか外をみて――また僕らを見た。
「お喋りはここまでみたいだね。じゃあね、また会わないことを願っているよ」
 そう窓から身を乗り出した彼に、近くにいた文豪達が駆け寄った。僕も駆け寄ったけれど、そこには誰もいなかった。それは先ほど救急隊員達が消えたように、跡形もなく。
「――なんや、連れへんやつやな」
 オダサクさんはやれやれと肩をすくめる。多喜二先生が眉間にぎゅっと皺をよせて館長をみた。
「館長、どうするつもりだ?」
「……どうもこうもしないさ、我々はいつも通り業務を行うだけだ」
 苦笑いして答えた館長に、僕は何とも言えない表情をする。彼はまたへんな重荷を抱え込んでしまったらしい。


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