「上をおしてみてくれ」
 その言葉どおり、三人はボタンを押したようだ。カチリ、という音と共に時計部分の針がクルクルと回り、そしてそれは二周もしないうちに針を止めた。その瞬間、三冊の本が輝き、まずは先に乗り込んだ二人と一匹が現れる。そして、続くように文字が人の形を作り上げていく。それは三人の青年の姿をかたどると、文字がはじけて消えた。三人がゆっくりと目を見開く。
「オダサクこと、織田作之助や! これからよろしゅうおたの申しますー」
 そう名乗ったのは按司くんが持っていた本から現れた青年だ。按司くんは腰に手を当てた。
「俺は按司隼人。これからよろしくな、オダサク」
「えらいフランクな奴やなぁ。ま、嫌いやないけど」
「いいだろう、これからイヤでも仕事は一緒なんだ」
 そう肩をすくめた按司くんに青年――織田作之助先生は「そやな」とうなずく。
「えっと、どうも……堀辰雄と言います……! よろしくお願いしますっ……」
「ほりた・・・・・・?」
 そう首をかしげた菜乃花に、青年――堀辰雄先生は目を瞬いた。
「えっと、君も司書?」
「うん、菜乃花もししょだよ!」
「正しくは見習いだろ」
 そうため息をついた徳田先生に、菜乃花はむっとした。堀先生は少し屈んで、菜乃花を見る。
「たっちゃん、でいいよ。ええっと、菜乃花ちゃん?」
「たっちゃん? よろしくね! たっちゃん」
 にこにこと手をつないだ菜乃花に、堀先生も笑う。うん、穏やかそうな人で良かった。
「その子は鈴原菜乃花。俺の姪っ子なんだ。そこまで世話はかからないとは思うが、よろしくしてやってくれ」
 館長がそう告げる。おー、まかせときーと返事をしたのは織田先生だ。
「中野重治といいます。しげじとか、じゅうじとか言われていたこともあったかな」
「しげじ?」
「久しぶりだね、辰」
 そう笑って見せたのは最後の青年――中野重治先生だ。穏やかそうな彼はそう笑って、緊張したように女性を見た。
「貴方が僕の司書さん、かな?」
「はい、えっと、立川蓮子です。よろしくお願いします」
 そう慌てて頭を下げた女性――立川さんに「よろしく」と中野先生は笑う。
「ああ、えっと、俺も自己紹介した方が良いのか。俺は棋院勇気です。こちらは徳田秋声先生」
「・・・・・・よろしく」
「一応、私は海野遼と申します。こちらは佐藤春夫先生です」
「よろしくな」
「よし、司書同士の挨拶は一通り済んだな。俺はここの館長を任せてもらってる。館長と気軽によんでくれ。隣の猫は政府との橋渡し役だ。で、そこに立ってるのが」
 館長が僕を見た。
「ええっと事務員の――」
「ああ、そういやあ忘れていたな。君に辞令交付があってな。今日から君は俺の補佐だ」
 苦笑いした館長に僕は目を瞬く。え? と戸惑えば、館長は「ここ最近準備で慌ただしかったからなぁ」と告げる。そういう問題ではないのだけれど。
「彼は館長補佐――館長秘書の東陽太。君たちの力にもなってくれるだろう。な?」
 館長がいたずらに成功した子供のようにカラカラと笑って告げる。僕は大きくうなずいた。満足そうにした館長はまた五人の特務司書と五人の文豪達を見た。
「では、今日は仕事についてと司書室の案内や寮について説明しようか。東くん、頼んだよ」
「はい!」
 僕はそう言って寮の鍵と図書館の地図を机の上に置いた。大勢がそれを囲むように見下ろす。

 ――考えてみれば、穏やかな一日だったけれど、その日から彼らの長い戦いが始まったのだ。文学を守るために、決し負けることの許されない戦いが。
 今思うと、それがどれだけ重圧だったのかと思う。侵食が止められるまで、その正体がわかるまで永遠と続くそれを彼らは背負い続けるのだ。僕は未だに思う。果たして僕は彼らの力になれているのだろうか、と。


始まりの話-終- (七八〇〇/五二五六〇〇)

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