七
僕たち職員や文豪が暮らす寮は図書館の別棟にあたる。まぁ、図書館利用者は入れない場所にあるというか。図書館と同じ建築家が手がけたそこはレトロなホテルに似ている。まぁ、最初はホテルの一室のようだった部屋も今では各自の個性が出ているのだけれど。
按司くんの部屋はというと、最初のあの日のようにホテルの一室みたいな部屋だ。荷物が少ないのである。備え付けのテーブル、ベッド。ただ、少し違うのは本棚で壁が一面埋まっていることぐらいだろうか。本の並びを見ていると、小説や詩歌、文学書があったと思えば、古典や漢詩、兵法書、海外文学、地図、工学の本、美術展の目録であったりとジャンルにまとまりがないのがわかる。まぁ、その中の割と手に取りやすい一角に彼の会派の作品がまとめられているのは彼の愛嬌だろうか。
「本当に按司くんは色々読むなぁ」
館長はそう言って本棚を眺めた。館長も人のこと言えないと思うけれど、彼は文学書に限ってという言葉が着くのかもしれない。按司くんは本当になんでもありだ。
「この前から日記の隠し場所変えてんなぁ」
オダサクさんが棚の一部を見てそうつげる。ふと机の方を見れば棋院くんが容赦なく机の引き出しを開けていくのが見える。坂口先生がそれを見て苦笑いした。
「棋院、いつにも増して容赦ないな。怒ってるのか?」
「えぇ、まぁ、こうなったら洗いざらい吐かせようというか」
そう言いながら机の引き出しをひっくり返した彼にオダサクさんが口端を引きつらせた。
「なんや一番怒らせたらあかんタイプ怒らせてない?」
「そんなことは」
「まぁ、付き合いが長いとそうなるだろ」
坂口先生がやれやれと肩をすくめる。
「そういや大学の頃からの付き合いだっけ」
棋院くんと按司くんの出会いがまるで想像がつかない。正反対のタイプに見えるからだ。棋院くんが首を振った。
「あー、確かに付き合いは長いんですけど、それで怒ってるんじゃなくて……俺が危惧してるのは、アイツ、帰ってきたときに自暴自棄にならないかと思ってるんです。なんていうか、按司は太宰先生に似てるでしょう?」
その言葉に、太宰先生と付き合いが長い二人が「あー」と言葉を濁した。オダサクさんが本を探しながら口を開く。
「それは否定できひんな」
「決定的な違いはアイツは死にたがらないってとこだがな」
「いや、アイツ結構死にたがりですよ」
棋院くんが何事もないように告げる。僕は彼の言葉に驚いた。なぜなら按司くんにそんなイメージがないからである。他人のことを良い意味でも悪い意味でも面白がっているような節がある彼は太宰先生とちっとも似つかない。
「アイツ、結構、嫌なことがあるたびにバイク乗りたがるでしょう? あれ、一人で行かせると無茶な運転するんですよ。というか、危険なことを平然としようとする。だから、昔は俺がついて行ってたんですけどね」
「……」
「貴方達が来て按司も少しずつ変わったから、もう俺がいなくても大丈夫かと思ったんですけど」
苦笑いした彼に、僕は既視感を得る。なんだ、この言葉。最近、太宰先生についてのことで誰かが告げていた気がする。しばらく考えて、ああ、と思い出した。そういえば、太宰先生が海野さんを怒らせた(正しくは怒らせたようにに見えた)時の二人の会話だ。
「棋院くん、佐藤先生と同じこと言ってる」
「え?」
「佐藤先生も太宰先生について同じことを言ってたから。俺がいなくても按司くんやオダサクさん、坂口先生達がいるから大丈夫だって」
外部が大丈夫だと思っていても、きっと本人はそうじゃないのだろう。それとも、そうじゃないと思い込んでいるかだ。按司くんは、棋院くんはどちらなのだろうか。按司くんは佐藤先生をみて「逃げている」と告げた。それならば棋院くんもまた逃げているのだろうか。
「あのなぁ、棋院くん。これは部外者が言うことじゃないかもしれないが」
館長が頭をかきながら彼を見た。
「君と按司くんは友人だというならそういう考えは止した方がいい。君は按司くんの友人であり、保護者じゃない。君の考えは友人の前提である対等な関係じゃない」
館長は彼にはっきりそう告げた。棋院くんは驚いたように館長を見た。
「それに、君が離れてしまえば、当事者からすればなぜいきなり離れてしまったのか理解できなくてまた負の感情に偏ってしまう。按司くんが太宰先生と似ていると君が推測するなら余計にそう言う考えはやめたほうがいい」
館長の言葉に、オダサクさんが口を尖らせた。
「館長、それ、佐藤せんせにも言ってあげてや」
「いやぁ、あれは師弟関係だからな。また違うと思うんだが……まぁ、それに佐藤先生と太宰先生の間に井伏先生がいるだろう?」
「井伏先生が過労死するぞ」
その突っ込みに館長は息を吐いた。館長でも恐らくその問題には口を出せないんだろうとも思う。基本的に文豪間の問題に館長はやんわりと止めることはあるけども、ずかずかと口を挟んでいない気がする。まぁ、彼の立場上そうせざるをえないのかもしれないけれど。
「……あと、彼はちゃんとした大人だからな。どうしなければいけないだなんて、本当は理解はしているだろう。文豪達はある意味二度目の人生なわけだ。一度目の過ちを正す力も解決する力もあるさ」
そう笑ってみせた館長に、彼の見解を見た気がした。ソレと同時に、ああこの人は大人なんだな、と思う。文豪達も勿論大人だ。僕らの行動を見て正すこともあるし、今の館長のように助言をくれて導くこともある。それに対して、僕や特務司書は未だ子供だ。まぁ、菜乃花は身体的にも子供だけれど。オダサクさんは館長を見た。
「そういや、館長はお司書はんを怒ってないん?」
「君達と一緒で驚いてはいるが、怒っては…いや、怒ってもいるか。だは、それ以上に按司くんの帰る場所でいるべきだと思ってな。彼がやっと一仕事終えて帰ってきたのに、居場所がなければ辛いだけだろう? それだけは避けなくちゃならない。だからこそ、俺は説教をする気でいる」
「ほう」
「棋院くんも怒ればいい。なんなら青春群像劇のように殴り合ってもいいさ。そういうことができるのは君達ぐらいの歳までだからな」
ははは、と笑いながら告げた館長に、棋院くんは自分の手を見る。
「……突き指するのはまずいので、殴るのはちょっと。でも、渾身の一撃は用意しておきます」
そう告げた棋院くんの声はもう普段通りだった。
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