八
かたや、医務室の枕を抱いて。かたや、医務室の猫のぬいぐるみを抱いて。きゃあきゃあとはいかないが、何やら話し合う太宰先生と海野さん。その様子を見た立川さんはわなわなと震えた。
「女子会か!」
彼女の突っ込みは的を射ていた。目の前にいるのはベッドに座る太宰先生と海野さんである。太宰先生は枕を抱きしめ、海野さんは猫のぬいぐるみを抱きしめている。医務室の主である森先生や佐藤先生がいないのを見ると、恐らくは彼らは海野さんに日常業務である潜書を押し付けられたのだろう。
「ったく、こっちは按司の部屋をひっくり返してさがしてるっていうのに」
ため息混じりにそう告げた立川さんに、太宰先生が首を傾げた。
「司書サンの部屋を?」
「そうなんですよ、按司の手帳探してて」
「アイツの手帳……」
彼はそう言ってゴソゴソと服の中を探る。なんだろうか、と僕らが見ていれば太宰先生がベストの下、ワイシャツから手帳を取り出した。
「これのことか?」
彼が差し出したのは黒革の手帳である。立川さんが、あー! と叫んで彼の手から手帳を取りあげた。おわっと声を上げた太宰先生を無視して立川さんは中身をめくる。僕も隣に並んで彼の手帳を覗いた。たしかに彼の筆跡である。
「どうして太宰先生がこれを?」
「俺が転生した時に渡された。お前が一番俺を知らないだろうからなって。中身をめくっても意味わからないし、捨てて良いかもわからないし、とりあえず持つだけ持ってたんだよ」
「意味がわからない?」
「綴ってある言語がデタラメだろ?」
太宰先生の言葉に僕はもう一度立川さんの隣から手帳をのぞいた。僕には同じような言葉の並びに見えるけれど、立川さんが「確かに」と頷いたのを見るとそうらしい。
「これは解読しないといけないかぁ」
「えーと、英語じゃないってこと?」
「ほら、ここは英語、此処はフランス語、此処は多分ドイツあたりでここは中国語」
立川さんの言葉に手帳を改めて見れば、確かに綴られている文字が違うのがわかる。……按司君すごい博識だな。海野さんがそれを聞いて猫のぬいぐるみの尻尾を触りながら口を開く。
「まぁ、みんなわからないように書いてますもんね」
「私は普通に英語だけど」
「蓮子ちゃんの手帳には数がうじゃうじゃしてるって、この前萩原先生が言ってましたよ」
「私のは同じ系統の錬金術師ならすぐに解読できるからなぁ。それこそ、遼ちゃんのは古典みたいな書き方で意味わからないんだけど」
どうやら各自個性が出る者らしい。海野さんは猫のぬいぐるみを触りながら口を開く。
「あぁあれ、最近佐藤さん達に解読されました。と言っても私の場合研究でもなんでもないので日記といいますか、そんなものですけど」
「あぁ、そっか、遼ちゃんは厳密には錬金術師じゃないんだよね。研究してるわけじゃないからか」
立川さんの言葉に僕はそうなのか、と海野さんをみる。彼女は「まぁ似たような分野にはなりますけどね」とうなずいた。そんな会話を聞いた太宰さんが「今更なんだけど」と言葉を切り出す。
「錬金術師って何ができんの? 金が作れるってわけじゃないんだろ? 司書さんに言ったらできるかって言われたし」
「あー、なんだっけ? 人によって違うんだよね、確か」
僕も錬金術師ではない為に立川さんに尋ねる。大まかに館長に聞いたぐらいだ。立川さんは「うーん」と少し考えた。
「錬金術もいくつか種類があるんだけど、先天的に持ってるものと後天的に身につけたもの、みたいな……。まぁ、ざっくりわけるとこの国では四種類くらいに分かれるって習った……気がする。化学的なものとそうじゃないもの、みたいな」
「曖昧じゃん」
「私の興味ある話しか聞いてなかったからなぁ」
立川さんが頭をかいて苦笑いした。海野さんが立川さんに問いかける。
「じゃあ、蓮子ちゃんは「かがく」の錬金術師?」
「そうだね、私の大学時代の専攻は元々薬学だからそうなるね」
「薬学……」
「あ、怪しい薬は作りません!」
太宰先生の視線に立川さんは首を振った。太宰先生が「違うって!」と慌てて弁解する。
「薬学と文学って全然違うだろ? なんで立川サンは司書してんのかなって……」
「太宰先生、それ、森先生にも言えるんですか?」
さらりと海野さんが告げた言葉に太宰先生が目を逸らした。確かに立川さんにそういうなら森先生にも尋ねなければならない。しかしながら、聞けない。僕も絶対に聞けない。案外話してくれるのかもくれないけれど、あれだけ医務室にいるときに文豪としての面を見られるのが嫌がられるのだから、僕も聞けない。いいよ、いいよ、と立川さんは笑いながら口を開いた。
「うーん、私は成り行きで特務司書の試験受けたからなぁ。元々詩が好きだったけれど、私は本当に偶然。でも、今はなってよかったな、って思ってる」
「ふぅん……なんかよくわからないけど、そう思えてよかったな」
太宰先生の言葉に立川さんは、はい、と穏やかに笑った。そんな穏やかな笑みを浮かべられるようになっただけ、彼女は成長したのだろう。
「……それにしても、これを解読するには時間がかかるなぁ」
辞書という辞書を引っ張り出さないといけないでしょ?
立川さんは按司くんの手帳を見下ろしながら告げる。あぁ確かにと僕が納得したところで、ガチャリと扉が開いた。顔をのぞかせたのは館長と棋院くん、坂口先生だ。その間を縫うようにオダサクさんが手帳を二冊持って中に入ってくる。
「按司の日記と手帳やぁっとみっけたでー!」
「えっ?」
「えっ?」
僕らは顔を見合わせる。確かに同じような手帳である。僕らの様子を見て、太宰先生が「なになに? なんの話?」と僕らを見た。
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