目の前に並んでいるのは按司くんの手帳である。黒革の手帳が二冊と茶色の革でできた分厚い手帳が一冊。黒革の二冊は同じように色んな外国語がパズルのように散らばったような手帳であるのに対し、茶色の革の手帳はきちんとした日本語がならんでいる。まぁ、空白のページがところどころあるのだけれど。館長がその手帳を眺めながら口を開いた。
「さて、恐らく日記である茶色の手帳はそのまま読ませてもらうとして、問題は手帳をどうやって解読するかだな」
 不意に一冊手帳を手に取った棋院くんが「アイツ、自分の錬金術を織り交ぜて書いたな」と呟いた。
「按司くんの錬金術?」
「はい、按司の錬金術は……」
 そこで棋院くんが止まる。何かを思いついたのか、なんなのか、分厚い手帳を見下ろした。。どうしたの? と尋ねれば彼は分厚い手帳をめくる。白紙のページである。
「按司の錬金術は、俺よりもある意味は特務司書に向いてるんです」
「どういうこと?」
「紙に書かれた文字を故意に付け足したり消したり、言葉を他の言語に置き換えたり出来るんです。偶に教授の指示書を変えてましたから。侵蝕に近いと言っても良いでしょう」
 棋院くんの言葉にオダサクさんが目を瞬く。
「え、錬金術ってそんなんもありなん?」
「俺もその錬金術の原理がどうなってるのかはわかりません。ただ、按司にはそれができた」
 棋院くんの言葉に海野さんが答えるように口を開いた。
「錬金術といえば不可思議な物の多くは納得されますからね。私が時空間定理の研究をしているといったのと同じでしょう。そして、棋院が見た物、恐らくそれは忍術の類でしょうね」
「忍術!」
 突拍子もない言葉だ。坂口先生が嬉しそうに声を上げる。そういやこの人忍者が好きだったような。周りは目を瞬いた。太宰先生やオダサクさんに関しては海野さんに「頭打ったか?」と確認している。海野さんが睨んでおわらせたけど。でも、たしかに太宰先生やオダサクさんの考えはわからなくもない。彼女の答えは突飛な物だった。館長は僕らの反応を否定するように言う。
「いいや、おかしくはないぞ。一応、『忍術』も『後天的』なおかつ『日本の古典的な錬金術』に分類される」
「ああ、それ! さっき説明しようと思ったの!」
 立川さんがそう言ってうなずいた。館長が意味をわかっていない僕らを見て口を開く。
「錬金術はいくつかの分岐があるんだ。かなりおおきな定義としては『先天的なもの』と『後天的なもの』。そしてそこからさらに『理系分野』『文系分野』と細かく枝分かれするんだが、古くから説明がつかないが伝承される技術を『古典的な錬金術』とさすこともあってな。『忍術』や『陰陽術』、『神術』などはコレに当たるとされているんだ。まぁ、そのどれもが滅多にお目にかかれない錬金術だがな」
 館長の言葉になるほどと納得する。海野さんが錬金術師でないと主張するのにもかかわらず、そうであると認識されるのはだからだろうか。恐らく彼女――というか、審神者と呼ばれる人たち――は古典的な錬金術を使う錬金術師だと界隈には認識されているのだろう。同じように納得していた多喜二先生が海野さんを見た。
「じゃあ、海野の分野も古典的な錬金術となるんだな」
「ああ、彼女の履歴書にはそう書いてあった」
「なら、海野さん解き方わかるん?」
 オダサクさんの問いに彼女は首を左右に振った。
「私の使う術とこれは別物なので無理です。棋院は解き方がわかりますか?」
「いいや」
 彼はそう一度否定して見せ――しかしながらまっすぐな目で海野さんを見た。
「でも、弱点はわかる」
「弱点?」
「本当は変わらないです。表面だけ改変されたように見えるんですよ」
 館長の問いかけに棋院くんはそう答えた。僕はそれでもよくわかっていないので彼に問いかける。
「それってどういうこと?」
「ううーん、立川さんや東さんにわかるように説明すれば、フリクションのボールペンで文字を書いたらこすったら消える。でも、そこに書いた情報は一応は残るだろう?」
 わかるようなわからないような説明である。立川さんが「ああ、なるほど」とうなずいた。館長もまた、納得するようにうなずいた。
「ということは、紙や手帳に残された概念は変わらないんだな」
「はい」
「なら、解決策は一つだ。手帳に潜書してもらうしかない」
 館長がそう言ってオダサクさん達を見た。
「表面的には情報が消えていたも、概念が残るのならそれを取り出すしかない。そうなってくると、文豪達に潜書して概念を集めてもらうしかないな」
「手帳に潜書なんて出来るのか?」
 坂口先生の問いに、オダサクさんが「そら手紙に潜書できるくらいやからできるやろ」と告げた。その言葉に多喜二先生と坂口先生、太宰先生がオダサクさんを見る。
「なんだそれ、手紙に潜書したのか」
「あ、やば、これ初期文豪と菜乃花ちゃんのとこの会派ぐらいしか知らんかったっけ。まぁ、でき――」
オダサクさんはそういって少し動きを止める。その様子に僕らは首をかしげたが、彼は「ああ、なんもない」といって苦笑いした。
「まぁ、とりあえずはできんねん。やから、手帳も出来ると思うで。まぁ、按司があの手紙みたいに文学的な書き方してるかはおいといてな」
 そういたずら小僧のように笑って見せたオダサクさんは館長をみた。
「館長、編成どうします?」
「侵蝕はないが何が起こるかわからないからな。付け加えて個人の持ち物だから、按司君の会派中心に各会派の腕利き、というところが安全か」
「ほんなら初期文豪あたりやな。声かけてくるわ」
 そう言ってオダサクさんは部屋を後にする。僕らはその様子に首をかしげた。


83


prevINDEXnext