十五




 その人物はお節介な人物だった。誠実な青年だった。綺麗な手をした、優しい青年だった。唯一の欠点と言えば、仲良くなってからは小言が多いくらいか。嫌なことがあって無茶をしでかすとすぐに怒るのだ。どうだっていいといってみれば、何時もは下げられた目尻をつり上げて怒る。それに、いつからか感化されていたのだろうか。どうして青年が自分に興味を持ったかといえば、自分のようななりのの人間が四六時中本を読んでいるのが気になったのだという。その言葉に、物怖じしない人物という評価も加えておく。

 ――運命とはこうも綺麗に回る物なのだとは、その時に痛感する。

 彼は特務司書になった。そして、自分にも向いていると思うからとその道に進むように手を差し伸べてくれたからだ。

 ――使命をこうも簡単に掴み止めるとは思えなかった。

 なぜなら、特務司書になるにはいくつもの試験と適性の判断が繰り返されるからである。しかし、館長と親しい人間の、親しい人間となればいくつか免除される。だから、自分は選ばれたのだ。そこに古くからいる職員よりかは適性があって、素性がまだ知れた人物とされたから。上司の言うとおり、自分は按司隼人として生きた。その時間は、自分にとって大きな物になるのだとは理解しないままに。あの頃願っていた続きになるとは思いもよらずに。

 八月の終わりの頃だろうか。政権が覆ったのは。とくに前政権が何かをしたわけではない。しかしながら、国民が新たに選んだのはあまり名も知らないような野党であった。政権が変われば、周りの環境も与えられた仕事も変わる。そして、『自分』さえも変わる。按司隼人でいることができたのは、政権が覆ることなく――長く続いたからだけにすぎない。何も知らない『彼ら』は自分の昔を求め、自分は今の自分を求める。そんなジレンマの先である。ああ、自分が見限った彼らも、自分を育てた師も――恐らくは疑問を抱いてしまった忍の全てがまたこのような事をして見せたのだと。
 忍には使命が与えられる。それは、自分の場合、政府から与えられる任務である。それが他人を裏切ることになろうが、人を殺すことになろうが、忍であるからにはその使命を忠実にこなさなければならない。
 しかしながら、その裏では何を考えているかはわからない物だとは自分は理解していた。同じ仕事の同僚も先輩も、他流派も上司も仕事で出会ったほとんどがソレを抱いていた。陽炎が重宝されるのはそこに理由がある。陽炎はソレを抱くことはない。「自分」を持たないが故に、ソレがない。だから、「陽炎」は決してその使用者に嘘をつかない、「自分」がないが為に裏切ることなどない。そんな物を今だ彼らは信じている。今の陽炎が師に否定された出来損ないだと知らずに、『自分』が存在しないものだと思い込んでいる。見抜いていた人物はもういない。だから、自分は内心では笑うのだ。見抜くことも出来ない彼らをあざ笑うように。全てを隠す道化師のように決まったような表情を貼り付けて――師の使っていたような言葉を操って。
「もうそろそろ、彼らが本を集めたころじゃないでしょうか」
 そう言った陽炎は車の中からその建物を見上げた。夜なのも相まって人の気配はない。いや、恐らくは一般職員は退避されたのだろうと推測できる。閉館中と書かれたプレートが扉の前に掲げられていた。その前には綺麗な文字で、臨時という文字が付け加えられている。車の周りにいた人影が、陽炎の隣に座る男の合図で動き出す。男は交渉だといっているが、今から起こることは一方的な略奪に近い。陽炎は扉を開けて、外に出た。今にも雨が降り出しそうな空だった。


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