十八(終)
秋も深まる今日この頃である。最近は雨も続いていたが、ようやく空は表情を変えて見せた。雲一つない快晴である。だというのに、僕は室内で報告書の執筆に追われていた。あの事件の間、不自然なように顔を見せることがなかった猫が館長から事の顛末を聞いて報告書を求めてきたのである。猫もまた政府の一員だから知ってるんじゃないかと思ったが、我が輩はきいてにゃい!とのことだ。どうやら、あの事件の間は政府に言われて慰安旅行に似たことに行っていたらしい。その言葉に、文豪達がおもしろそうに笑っていたけれど。
あの日。オダサクさんと坂口先生に押さえられた按司君が、棋院くんの渾身の一撃――デコピンをくらわせたあの日。按司君は棋院くんの渾身の一撃だけでなく、館長からも説教をされ、彼の会派以外からも怒られていた。信頼して良いのか、と事のあらましをきいた猫が告げる。彼は見張りのために来たような者だろうとも。彼自身、そうだな、と認めなくて良いにもかかわらず認めてしまうのだからややこしいところだ。でも、彼はそこでニヒルに笑ってみせるのだ。何時ものあの表情で。「アンタは俺を信頼しなくて結構。人数が増えるとやりにくいからな」と。
「――まぁ、なんや、按司は太宰クンみたいなとこあるからなぁ。あれは強がりやと思うわ」
僕の前に座って用紙にペンを走らせるオダサクさんはそう言って頬杖をついた。恐らく僕の報告書を読んだのだろう。
「太宰先生みたいなところ?」
「そ」
彼はそれだけ言うとまたペンを走らせる。しばらく潜書しないんですか?と聞けば、どうやら彼と入れ替わる形で太宰先生が潜書しているらしい。通りで最近、司書さんはスパルタだの、やっぱり立川さんか棋院くんの会派がいいだの太宰先生がぼやいてたり、按司クンに引きずられているはずである。森先生は「悩む暇がないから良いんじゃないか」といっていたが。
「そういや、オダサクさん達は何してたんですか?」
「乱歩センセの助言にそって色々やなぁ。ワシらは侵蝕に関する報告書に潜っとったし、乱歩センセと中島センセは経歴書の方に」
「侵蝕に関する報告書――って、侵蝕者がこちら側に出てきたアレの報告書ですか」
「そうそう。按司が持っててんけど、石清水とかいう男が燃やしたみたいやねん。ひどない? ワシらが苦労して浄化したのに」
「あー、按司くんが館長の前で顔を青くしてたのはそれでかぁ」
そう僕はクスクス笑う。あのときの按司くんは見るからに焦っていた。海野さん経由で問いかければ、『加持祈祷した上でお炊き上げした』と返答をもらったようだが。あの人が持っていても、危害はないというのが彼を知る二人の見解であるがため館長も引き下がったのだけど。
「ま、収穫はあったで」
「収穫?」
「そ。あのとき武器もって来れとったやろ? あれはその報告書をみた按司が、なんや錬金術でこっち側に武器を持ってくるようにしてくれたらしいですわ」
あれからちらほらと他の文豪が武器を持っている事があるのはその研究を按司くんが共有したからだろうか。結局、菜乃花にも他の職員にも危ないから禁止ということになったけれど。
「そういえば、何書いてるんですか? 話のプロットとか?」
僕はそう言って彼の用紙をのぞき込む。底に書かれていたのは有給休暇届けという文字だ。そしてその下には大阪観光(テーマパーク含む)の為という理由がかかれている。そんな理由で有休申請とは、と僕はオダサクさんをみる。
「お司書はん、夏休みまだやろ」
彼はそう言って悪戯っぽく笑った。――ちなみにその申請は館長により許可され、按司くんの会派はかなり遅い夏休みを迎えたのだ。
そんな風に僕らが何時ものような日常を取り戻しつつあるのに対し、この国が目まぐるしく変わっている。現在の政権はたくさんのスキャンダルにより失速し総解散し――選挙が行われる予定となっている。しかしながらソレは僕らにとっても他人事ではないらしい。猫曰く恐らくはこの図書館を取り巻く環境も変わるらしい。悪い方にはにゃらない、とは猫の言葉だ。その言葉を聞いて僕らが安心したのは確かである。まぁ、館長は忙しくなってしまったが。僕もこの報告書が仕上がれば館長の手伝いがまっている。図書館は棋院くん達がいるからなんとかなるだろう。
あの男性がいっていた事はこのことだったらしい。海野さんの上司でもあり、陽炎の上司でも会った彼は、海野さんからも按司くんからも『有能な人物』だといわれていた。恐らく彼の計算通りになったのだろうとは按司くんの言葉である。彼のいた部署はそう言う部署であり、いろんな派閥がせめぎ合っていると聞いた。あの男性が一番の穏健派なのであるとも。あの事件も恐らくは僕らの記憶にしか残らないらしい。侵蝕かと身構えた僕らに、按司くんはそう言う術もあるんだよ、と告げた。もしかしたら、この報告書の一部もきえさるのだろうか、なんて。
僕はそっと息を吐いて空を見上げた。彼らが集まって、もう一年がたとうとしていた。
侵蝕に関する表裏事件/簿道化師の涙(四八二四〇〇/五二五六〇〇)
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