二(終)


 館長の部屋である。一年を迎えるからと呼び出された僕らではあるけれど、この部屋の主は僕に掃除を押しつけて出かけて言ってしまった。それを早めに着いた特務司書と初期文豪達が手伝ってくれていたのである。どうして呼び出されたかの話から、新人の話に着地したわけだ。
 オダサクさんがケラケラ笑いながら、「なんや最近夜おらへんと思ったら」と告げる。中野先生がなんとも言えない顔をしたのを見て、按司くんは彼からわかりやすく目をそらした。もうあんなことはしないと言いながら、やっぱり気になって調べてしまうらしい。徳田先生が首をかしげた。
「立川さんが連れてきたって言うことは、知り合いかい?」
「はい、そうなんです」
 立川さんはそう言ってうなずいた。佐藤先生が「友人か?」と尋ねた。立川さんはその言葉に大きくうなずく。大きくガッツポーズをした彼女は自信満々に口を開く。
「絶対に才能あるだろうなって思って館長に直談判しました」
「司書の一年前なら考えられない行動だよね。本当に肝が据わったっていうか……」
「ソレ言わないでください」
 中野先生の言葉に立川さんは肩を落とす。たしかに、一年前の彼女にはない行動力だろう。
「応募してきた人ならちょっと心苦しいなぁ」
「それはないです、彼、年齢制限に引っかかったみたいだから。それに、そんなこと気にする人じゃないですよ」
「僕達とうまくやれそうかい?」
「ソレは太鼓判です」
 徳田先生の問いに胸を張った立川さんに僕らはケラケラ笑う。彼女もまた面白そうに笑った。
「そういえば、雪乃ちゃんは元気?」
「元気にしてるよ。長期休みにアルバイトに来たいって駄々こねてる」
「花袋先生には黙っておこう」
「それが花袋先生が誘ってるんだなぁ」
 棋院くんは困ったように笑った。僕は「え」と声を上げる。あれからユキノちゃんは図書館に来ていない。ならどうやって誘ってるんだろうか。それは他も知りたかったらしい。菜乃花と遊んでいた堀先生が首をかしげる。
「どうやって誘ってるんですか?」
「文通してるみたいだよ」
 その言葉に、嗚呼通りで彼に可愛らしい文字の手紙が届くのだと理解する。そして、それが届いた時の彼の喜びようといったら。怪しい何かに引っかかっているんじゃないかと思っていたが、棋院くんの妹なら大丈夫だろう。按司くんが茶化したように言葉を投げかける。
「兄として一言」
「文字が読めるようになりつつあって何より」
「そこか。そこにいくんや」
 オダサク先生のツッコミにに棋院くんは「他はノーコメントで」と答える。それ以上のコメントはないんだろうか。まぁ、花袋先生は僕からすれば結構いい人だ。仕事を手伝ったり励ましてくれるし。悪い人ではない、それはきっと棋院くんもわかっているからこその『ノーコメント』なんだろう。しかしながら、もう一言ぐらいはコメントがないだろうかと追求しようとする僕らに対し、棋院くんは菜乃花に話を振った。
「菜乃花は最近、フランスの人と文通してるんだよね?」
「うん!」
「え、なにそれ、それこそ知らないんだど」
 僕は目を瞬いて菜乃花を見る。菜乃花は「おへんじかいたのよ!」とニコニコと笑った。僕は代弁を求めて堀先生を見る。堀先生は「あのフランスの図書館に返事を書いたんです」と同じようにニコニコと笑った。按司くんがかすかに目を見開く。
「おへんじかいたら、おへんじがきて、またおへんじかいたの!」
 なるほど。恐らくは気まぐれか――賢治先生や新美先生の発想で返事を書いたのだろう。高村先生や堀先生を巻き込んで。そうしたらまた手紙が届き――その繰り返しになっているとみた。しかしながら、気になる点はそこじゃない。
「――まさかと思うけど、フランス語で」
「いえ、ひらがなです。訳そうかとも思ったんですけど、高村先生が大丈夫だって」
 堀先生はそう言って笑う。棋院くんが誰としてるの? と聞けば、「ぱぱのあいぼうの、さんちゃん!」と返事が来た。きっとこれこそ追求は無意味だろう。若干菜乃花の文通に付き合っている相手が気になるけれど。今度折を見てお礼の手紙を書いた方がよさそうだ。自信満々な菜乃花の頭を佐藤先生が撫でる。それを見て、立川さんが首をかしげた。
「そういえば、遼ちゃんは?」
「ああ、遼なら向こうに呼び出されたから遅れると言ってた。もうすぐで来るとは思うんだが……」
「初日もそうだっただろ、アイツ」
 按司くんの言葉に、僕もそうだった、とうなずく。そんなイメージがないらしい文豪達は驚いたように目を瞬いた。
「そうだったのかい?」
「そうそう、飛び込んできたんだよね、確か」
 扉が勢いよく開く。中に飛び込んできたのは黒に似たスーツを着た海野さんだ。珍しい装いである。肩で息を切らした彼女は頭を下げた。
「申し訳ございません、遅れてしまって」
「まだ大丈夫だよ」
「遼ちゃん、スーツだ」
「ちょっと挨拶に行っていたので……」
 そう言って彼女は息を吐いて屈む。どうやら本気で駆けてきたらしい。佐藤先生が手招くと彼女は立ち上がってひょこひょこと先生に近づく。そして佐藤先生が座っていた椅子に座った。
「挨拶?」
「はい、向こうの上司に直談判を。仕事の量を減らしてもらえるように……」
 それは切実な問題だろう。しかし、彼女が遠い目をしているのを見ると、もしかしたら否定されたのかもしれない。按司くんが彼女を見下ろす。
「――あの人は元気だったか」
「元気かどうかはなんとも言いかねます。あの方は何時も忙しそうですので。わーかーほりっくというやつです」
 彼女の言葉に、それは彼女も含まれるのではないかと思ってしまったのは仕方がない。ここでも仕事、帰っても仕事におわれる彼女に休息はあるのだろうか。徳田先生が按司くんと海野さんを見る。
「それにしても、二人の上司が同じ人だとはね」
「いえ、私は何人かいる大御所の中の内の一人があの方というだけで、厳密には上司ではないんですよ。なんだろう……大先輩?」
「大先輩」
「そもそもあの人も多分私と同じ分類の人ですからね。多分外見あんまり変わらないと思いますよ」
 そう言い切った海野さんに僕らは顔を見合わせる。もしかして、館長と年が変わらなかったり、それ以上だったりするのだろうか。
「同じ分類?」
「……政府の特殊指定人物か」
 按司くんがなんとも言えない顔をした。海野さんはその言葉に肯定する。少し不服そうに。
「はい。夏のことで私は外れるんじゃないかと思ったんですが逆に再指定されてしまいました。兄妹そろってと小言を言われました」
「なんか、菜乃花の事件も双だけど二人の事件が大きくて、私が起こしたこととか、棋院が起こしたこととかが些細なことなんだなって思うよね」
 立川さんはそう告げて二人を見た。海野さんと按司くんがちょっと顔をしかめたけれど、僕は彼女の意見に賛成である。中野先生も笑いながら口を開いた。
「神隠しに公安との戦い――規模が違うからね」
「でも、お前達にとっては大きな事件だった」
 佐藤先生がそう告げて笑ってみせた。中野先生が「僕達にとってもね」とうなずいてみせる。そして、恐らくは僕にとってもそうなので僕もうなずいてみせる。特務司書にしろ、文豪にしろ彼らの成長ははっきりと見て取れたからだ。案外、変わってないのは僕ぐらいなのかもしれない。棋院くんが僕を見て、悪戯好きの少年のように笑う。
「来年度は東さんになにか起こるかもしれないですね?」
「お、いいな、フラグ立てとこうぜ」
 按司くんはそう言って少し考えて――口を開く。
「東さんに彼女が出来る」
「その彼女がまさかの幽霊」
「夜の図書館を舞台に、東さんと幽霊の死闘が始まる……!」
「めでたし、めでたし!」
「私の分野になりそうなので辞めてください。菜乃花、特にめでたしじゃないですよ。やり直し。はい、佐藤さんから」
「俺か。そうだなぁ、東に部下が出来る」
「その部下が問題児、とかはどうだろう」
「じゃあ、東さんは振り回されんねんな、おきまりで」
「えっと、でも、東さんは見放すことなくしっかりと仕事をこなすんです、きっと」
「それじゃあ、今年度と変わらない気がするけど」
 徳田先生が文豪達が作って見せた僕の来年度の予定(仮)に総括をいれる。これは彼らはおもしろがっている。でも、僕は怒らないぞ。年上だから。しかし、一言だけ言わせてほしい。
「君たち以上の事件なんて、そうそう起こるものか。僕は平々凡々な事務員だった男だよ」
 僕の言葉に彼らは「そうでもないんじゃないか」だなんて感想を告げた。何処をどう見てそう思ったんだろうか。第一、僕にだって事件が起きている。彼らは覚えていないかもしれないが、館長補佐に大抜擢されたこと自体が事件だ。彼らの中で一番小さな事件だろうから何も言わないけれど。僕が何か言い返す前に、扉が開いた。現れたのは館長とカメラを持った少年二人である。
「よかった、そろってたんだな」
 館長は悠々と何時もの席に座った。それを見て、彼らは立ち上がり館長の机の前に立つ。ソレを見ながら僕は館長の横に立った。このポジションにも一年で随分なれたものだ。最初はなぜか館長の隣に辰旅にドギマギと緊張していたのを覚えている。
「――この一年、君たちのおかげでどれだけの文学が救われたか計り知れない。色々なことが起こったが、無事に一年がたったのは君たちのおかげだ。まずは感謝を伝えたいと政府から言づてを預かっている。そして、俺からも改めてお礼を言おう。本当にありがとう」
 館長はそう言って頭を下げた。彼らは顔を見合わせて――代表したように棋院くんが口を開く。
「お礼を言うのはきっと僕らの方です、館長。貴方がいたから、オレ達はいまここにいるんですから」
 それは恐らく彼の本心なんだろう。いや、彼だけじゃなく『彼ら』の本心かもしれない。彼はとても懐が広い。一番上が彼だったからこそ乗り越えて来れたことがいくつもあるのだ。棋院くんの言葉に「そう言ってくれて嬉しいよ」と館長はそう言って照れたように笑った。
「……相変わらず、これからも後手に回ることが多いだろう。これから先もまだまだ未知の領域だからな。まだまだ手探りだから、色々と不便をかけるだろうが――これからもよろしく頼む」
 館長のその言葉に、此処に初めて彼らが集まったあの日を思い出す。あの日も――そして今日も、彼らは大きく「はい」と返事をした。少し違うのは、そこに五人の文豪がいることだろうか。彼らもまた――同じように返事をしてみせると館長は扇子を開いてまた笑った。
「さて、堅苦しいことは此処までにして、お祝いといこう。食堂のスタッフや、志賀先生達が料理を作ってくれている。ああ、でも、その前でも写真を撮ろうじゃないか」
 去年はそれどころじゃなかっただろう?と彼は告げる。なるほど、そのためのカメラらしい。確かに、去年は集まった後すぐに文豪を呼び出したりしてそれどころじゃなかった。なので、僕も同意する。
「僕も賛成です。特務司書の創設なのに、写真が一枚もないのはちょっと。ええっと、並んでください。カメラを貸してくれるかな」
 そう少年を見る。少年は不思議そうに僕を見上げた。
「何言ってんだ、アンタ。アンタも入るんだよ」
 赤い目をした少年が僕に告げる。僕は目を瞬いた。椅子を引っ張り出して並べた館長はうなずく。
「ああ、そうだ。東くん、君も写るんだ。君も立派な創設者の一人なんだから、遠慮はいらないさ。君が侵蝕と浄化の報告書を度々書いてくれているおかげで政府に証拠を突きつけることができたんだから。ほら」
 手招いた館長に僕はむずがゆくなってしまった。僕はただ、彼らの日々の成果をまとめただけだ。それでも、彼は、彼らは僕を仲間だと認めてくれるらしい。
「東くん、はやく。食事が食べ尽くされてしまうぞ」
「――はい!」
 僕は返事をして彼らに並ぶ。少年達が大きなカメラを構えた。もうちょっと寄ってくださいだとか、笑ってだとか指示が飛ぶ。そうしてカメラを覗いた二人の少年が口を開く。
「はい、チーズ!」
 そうして、フラッシュがたかれてシャッターが切られた。その後すぐに扉の外で待機していた文豪達が「ずるいぞ」と乗り込んできて――もっと大勢で写真を撮ることになるのだけれど。一年がたつ特別な日、静かなはずの図書館の中に笑い声がこだました。一年がたつその日、笑い声が絶えなかったことを僕は改めて記しておく。コレが何よりも彼らの一年を象徴する事柄だからだ。さて、これで猫に提出する彼らの報告書の執筆は止めてしまおう。

 ――おっと、いけない。報告書だってきちんとしたタイトルが必要だと文豪たちが口うるさく告げていた。大きな事件に割り振っていた『五二五六〇〇』という数字は、僕が時間の管理のために書き入れていた数字でしかないから、タイトルなんかではない。猫はわかっていることだとは思うけれど。
 五二五六〇〇、それは一年を『分』で表した数字だ。なので、この写真の日、この偶然にも写真を撮った時間を持って全ては『一』になるわけだ。
 さて、そろそろきちんとしたタイトルをつけて、締めくくろう。はたして次の一年は、どんな騒動になるのだろうか。どんな人たちがやってくるのだろうか。そんなわくわく感と少しの期待と、そしてこの一年のねぎらいも込めて。


 以上の文章と二枚の写真をもって、東陽太による特務司書達と文豪の一年の報告とする。

 ――この報告書のタイトルは。

文豪とアルケミスト(五二五六〇〇/五二五六〇〇)

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