その真白な空間で、彼は心底嬉しそうに笑った。私を抱き寄せた彼は髪を撫で、私の名前を紡ぐ。その手を払ったのは私だというのに、彼はそんなことを気にも止めていないかのように。ハル、と私の名前を呼んだ。
静かに覚醒した意識に、ゆっくりと目を開く。感じた人の気配に勢いよく起き上がれば、誰かが座っていた。手元にはスマートフォンである。そちらに熱中している彼は迷彩服を着ていた。ということはあの日本訛りの言葉を喋る人だろうか。あぁ、マジクソだわ、とぼやくように告げた彼はスマートフォンの画面からこちらをみた。
「あ? 起きたのかよ」
少し不機嫌そうに日本語でそう告げた彼はスマートフォンをポケットの中に滑らせる。
「遅いお目覚めなことで。今何時だと思ってんだ?」
その言葉に時計を探す。唯一ある飾り時計は9時を指していた。
「9時ですね」
「よくもまぁ、あんな啖呵切っててぐっすり寝れるな。ま、そのおかげでお前のおもりを任された俺はゲームできたけど」
「あの、お名前は?」
「あぁ……89式だ」
「はち……?」
「89でいい。コードネームみたいなもんだ」
「あぁなるほど。日本人から日本製の兵器の名前みたいな感じですか」
「……わかんのか」
「少しだけ。89さん、お尋ねしたいのですが」
「なんだよ、食堂の位置か? 朝飯まだだもんな」
「それもですが、シャワールームとか、着替えのありかとか」
私の言葉に彼はピシッと固まる。
「昨日そのまま寝てしまったので。先生やアインスさんも寝ろとだけ言って帰りましたし」
「……着替えはその辺のやつ着ろよ」
「趣味じゃないですが、選べる立場じゃないですね」
「この部屋も確かシャワールームはついてるというか、あっちだ。風呂はねぇけどな」
「……日本人としてお風呂に入りたくなりません?」
「あぁ? 慣れだろ」
それだけ返した彼に、では曇りガラスの扉がそうかと近づく。そっと開けて覗いてみればシャワールームに続く脱衣所になっていた。きちんと綺麗なタオルなどもあるが、それと一緒に使いかけの化粧品も並べられている。
「89さん」
「あぁ?」
「髪に紫色のメッシュ入ったお兄さんってこの部屋を使ってるんですか?」
「アイツは自分の部屋があるから使ってねぇ」
「あげたら使うかなあの人……」
「何を」
「脱衣所に並んでる化粧品」
そう言いつつ並んでいる口紅を見る。
「89さん」
「あぁ?」
「口紅型拳銃を見つけたんですがどうしましょう」
ガタガタという音がして後ろに人の気配がする。振り返ればいた89さんにこれと指差した。
「スパイでもいたんですか」
「前にいたやつがな」
隣にやってきた彼はヒョイと口紅型拳銃を取り上げる。まじまじとそれをみた彼は「没収」とだけ告げた。シャワールームを開けてみれば綺麗だった。蛇口をひねれば出たのはきちんとしたお湯である。変なものも混ざっていなさそうである。
「ちょっとシャワーを浴びます」
「あぁ!? 好きにしろ!!」
荒い足音そこを後にした彼はいい人かもしれない。
とりあえず着替えをいくらか拝借しシャワーを浴びて着替え、一応昨日いただいた布でもう一度目を隠した。脱衣所を後にする。89さんはソファに座り(というか完璧くつろいで)ゲームをしている。覗き込んで、そこは右から回り込んだ方が楽ですよ、といえば彼は勢いよくこちらをみた。……足音を殺していたか。
「お前、」
「今さっきです。食堂はどちらですか?」
「服装似合ってねぇな」
「それは理解してますので」
「あの人に頼んだら買ってくれんだろ」
そう頭をかいた彼はこっちだと私を手招く。それについて部屋を後にした。
08
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