「参ったな、そうか、貴方は」
そう言ってハルはナオミをみた。ナオミが持っているのはハルが愛用しているサプリだ。それを見て、彼女は何かに気づいたようだった。ナオミはただただ目を見開いて、ハルを見た。そうして、サニーに卵焼きを焼くように頼む。ハルはそれに合わせて「半熟めで頼む」と声を上げた。子供に聞かしてはいけない内容の話らしい。僕はパソコンから目を離し、寝転んでいたスネークは起き上がった。
「子供に聞かれちゃまずい話でもあるのか?」
「スネークは知らないの?」
「何をだい?」
僕らの返答にナオミはハルを見た。僕らもまたハルを見る。彼女は僕達をからかうように口を開く。
「女同士の話を聞くのは下世話だぞ」
「ちょっと、茶化してる問題じゃないわ――診察は受けてるの?」
「そんな場合じゃないからな。それに元からわかってたことだから」
「元からわかってたこと?」
ナオミが眉間に皺をよせてハルをみる。見えない話にスネークが口を挟む。
「ナオミ、ハルは何処か悪いのか」
「私は元気だよ、スネーク。君は君の体のことを気にしなさい」
「そう言う問題じゃないんだろう」
スネークはハルの言葉をぴしゃりとはねつけた。僕も「そう言う問題じゃないよ」と同意しておく。ハルはため息を深くついて――僕らを見た。
「私が重病人だって言ったらどうする?」
それは何時だったか僕らに彼女が問いかけた言葉だ。その当時、スネークの急激な老化の大作に追われていた僕らは「冗談だろう」と笑い、サニーだけが「死んじゃ嫌だ」と泣きわめいていた記憶がある。結局ハルが「冗談だ、ごめん」とサニーをなだめていたけれど。スネークも思い当たったのか、「まさか」と口を開く。彼女はあのときと同じように笑った。
「――白血病なんだ」
あのときと同じような笑みだというのに、彼女は全く逆ともとれる台詞を吐いた。今、彼女はなんて言った。ショックを受けて固まる僕らに、彼女は「冗談だよ」と笑う。
「冗談なんだ、気にしないでくれ」
言い聞かせるような声だった。彼女の声に、スネークが怒りを乗せた声で口を開く。
「冗談じゃ済まされないぞ」
「そうか、そうだな」
「本当はどっちなんだ」
「フルダラビン」
「ふる……?」
「彼女の飲んでいる薬の名前よ」
ナオミはそう言ってハルを見た。
「白血病のクスリなの。進行した白血病を抑制する薬よ。といっても今となっては古い薬だけど」
ナオミがはっきりと告げる。ハルはただただ困ったような顔をしていた。
「――本来なら貴方は無菌室にいるべきよ。副作用で免疫が抑制される。風邪でも命取りになるわ」
「普通はそうらしいね」
彼女はそう言って笑った。
「処方をしてくれる闇医者にも毎回言われるよ。君は本来療養するべきだって」
「なら、どうして」
「スネークと一緒だ」
ハルはそう言って、目を伏せ――まっすぐな目で僕らを見た。
「私にはやることがある。迎えに行かないと行けない人がいる。言ったでしょう? 何時かこうなることはわかってたんだ」
僕らはただただ彼女の言葉を受け入れられずに頭の中を反復させる。スネークがただ、唖然とハルを見ていた。ナオミが怒ったように彼女に言葉を投げかける。
「何時かこうなるとわかってた?」
「仲間が何人もこの病気にかかった。仲が良かった人でかかってないのは私か彼ぐらいか――いや、彼もまた何かに影響があったのかもしれないが」
「何かあったの」
「――演習中に被爆したんだ。随分と昔の死の灰を浴びた」
――死の灰。核爆発により、降り注ぐそれ。しかしながら、ここ数年でそんな事件と言えば、チェルノブイリやスリーマイルの事故ぐらいしかない。しかしながら、彼女の言葉にはふさわしくない言葉が含まれている。「演習中に」という言葉だ。現在、核兵器を用いた演習など行われていない。また記憶が混同しているらしい。ハルは偶に同じ名前を持つ母親の経歴を自分の物だと錯覚している節がある。ナオミがその話に何か言う前に、目玉焼きを持って降りてこようとしているサニーに気づいたらしい。ハルは「そちらで食べるよ」とそのまま上に上がっていった。
「――ねぇ、今の話」
「彼女、記憶がないんだ。だから、彼女の母親の記憶と偶に混同してしまうみたいで」
「記憶がない?」
「……雪の中で倒れていたのをアラスカの住人が見つけたらしい」
「なるほど、そこで貴方と知り合ったって訳ね」
「――ナオミ、本当なのか」
スネークがそうナオミに尋ねる。彼女は目を伏せて口を開く。
「残念だけど、病気の話は本当よ。どこまで進行しているかは詳しく検査しないとわからないけど」
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