「じゃあ、アンタの部下だって言ってたアマナ・プリーズラクも偽名なのか?」
「そうだよ、雷電。悪いね。でも、本名を名乗りたくはないかな」
 そう割り込んだハルにスネークは頷いた。先程まで僕の操縦を補助してくれていた彼女はヘリを修理してくれている。潜入にあたり、どうやらSHIELDSの隊員――話を聞くにイコロィ・プリスキンの部下の振りをしていたらしい。
「随分な様変わりだな。さっきまでは敬語だったのに」
「新米を装う意味がなくなったからね。名前は秘密」
 彼女はそう言って肩をすくめる。
「本名を名乗りたくない?」
「君が雷電と名乗るのと一緒さ。あぁ、でも、スネーク達がやりにくいかな。ファーストネームはハルだよ。あと、君は私を同い年ぐらいだと思っているが、スネーク達とそんなに離れていない」
 それは僕達も初耳な気がする。そう思って彼女を見れば、スネークも同じように作業の手をとめて彼女を見た。彼女は言ってなかったか? と肩をすくめただけだが。
「プリスキン……スネークはアンタをパートナーだといっていたが……」
 その発言をきいて、スネークが頭をぶつけた。僕はスネークを見つめる。そんなことを言っていたのか、君は。スネークにはそっと目を逸らされたけど。そんな様子を見てみないフリをしているのか、あるいは気づいていないのか、彼女は口を開く。
「パートナーにも色々な意味がある。相棒、夫婦、仲間、そのどれかには属すだろうが、君には関わりがないことだな。第一、そんなことを聞いてどうするんだ? 私を口説く気かな?」
「……あっ、いや、」
「おい、なんでどもるんだ」
 そう突っ込んだスネークに、雷電と名乗る彼は何も答えない。ハルはため息を一つこぼすと口を開く。
「……下世話な詮索はしないほうがいいし、君の『パートナー』がよく思わないだろうからやめておけ。私は私、彼は彼、仲間だということさ」
 面倒になったんだろう。そうざっくばらんにまとめたハルに、スネークが「そういうことだ」と同調した。雷電からはよくわかっていないような声で、え、ああ、と戸惑う声が聞こえる。
「雷電、仕事に戻りなさい。君に課せられた仕事は重大なんだ」
「ああ、だが――」
「雷電さん、お仕事に戻ってください。合衆国の危機なんですよ。通信終了します」
 ピシャリ、と敬語で叱ってハルは通信をきった。どうやら敬語で彼に接していたらしい。それにしても久々に彼女の敬語が聞けた。スネークは苦い顔をしたけれど。
「だから俺よりも年下に見られるわけだ。ただでさえこの国では幼顔といわれるのに」
「雷電はハルを何歳だと?」
「十代後半そこらだと」
「女に夢を見すぎ。三十過ぎてるんだけどなぁ」
 彼女はそう言って機体の下に潜る。僕とスネークは目を見合わせた。さらっと重大な発言をされた気がするが。

 ちなみにその後、偽名の意味を知りたがった雷電から通信が入った。彼女ではなく、手持ち無沙汰になったスネークが答えを告げたのだけど。
「アマナは花の名前だ。オオアマナがハルが好きな花だから、その花からとったんだろう」
「プリーズラグは?」
「プリーズラクは、ロシア語で亡霊、幽霊という意味だ」
 相変わらず言語について博識である。
「ロシア語? ハルはロシア人なのか?」
「わからん。恐らく国籍はアメリカだろうが――」
 彼女の名前を調べても、もう存在しない人物として扱われている。痕跡は1960年代を最後に途切れ、最後の痕跡はソ連側への亡命者となっているのだ。ただ、それは彼女の母親の話で、彼女が生まれてからどう生きてきたのはわからない。
「え?」
「――だが、信頼できる人だ」
 たしかにそうだ。彼女は信頼できる。素性がわからなくても。極端な理由を言うならば、僕らの他に誰とも関わりがない人だった。知り合いはアラスカに住んでいた頃の人だけ、という極々狭い人の知り合いしかいないのである。しかしながらスネークの言葉は何処か言い聞かせるような声でもあった。
 アマナ。恐らくそれは、彼女が世話をしているあの白い花――オオアマナのことを指すに違いない。
 ――オオアマナの亡霊。それが何を指すかなど、僕らはこの時、まだ知る由もなかったのである。

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