小説家は模造品を評価するか(1)

 七海光太郎という男はチンピラ上がりである。それが不良であったのかヤクザであったのかは知らないが、昔の彼はたまにそのような仕草をしていたのは事実だ。マナーや上品な仕草を変装という名目で団先生に叩き込まれた為、今は鳴りを潜めているが。そもそも、恐らく彼は最初私を嫌っていた覚えがある。スカしたガキだとか、よくぼやいていたのを私はなんとなく覚えている。
「……なんだよ」
 じっと彼を見ていれば、彼は目線を本から私にうつしてそう告げた。私は口元に笑みを浮かべながら頬杖をついて彼をみる。
「いや、七海って私のこと嫌ってたのに、なんでこうなったのかなって」
「はぁ?」
「スカしたガキだとか、気にくわないとか、ぼやいてたし、あの頃の私は今の私よりさらに可愛げがなかったから」
 そう言えば、彼は目を白黒させた。反応が素直なことで。
 ――彼の距離が近くなったのは、私が母の死を調査するために北海道のホテルに行った時についてこられた時ぐらいからだろう。私が事故に巻き込まれた時、真っ先に人をかき分けて私についていた火を消したのも、そのまま救急車にぶち込んだのも――目が覚めた時にそばにいたのも七海である。
「連城さんに何か言われた?」
「……別に」
 そう顔をそらした七海は、なんでまた急に、とこちらを見下ろした。
「リュウくんをみて、昔の自分に似てるなって思ったから。七海が気にくわねぇって言わないかと思って」
 彼の鼻を左の人差し指つついてやる。まぁ、指をすぐにどかされたか。
「あのなぁ、教え子だぞ。いやまぁ、スカした奴だとは思ったけど」
 彼はそう言って私の指を触る。そしてそのまま手を絡ませたが私はその手の温度を理解することなどできない。
 それはあのときの火傷の代償だった。私の一部は痛覚や感覚が死んでいる。特に皮膚を移植した左半分は。移植した皮膚の色が違うために生徒や警察、同僚の一部は私をかの漫画になぞらえてブラックジャックと呼んだり私が自称したりするのは余談だが。彼はたまに感覚を試すような動作をする。今も本から手を離して私の左手で遊んでいる。
「七海」
「なんだよ」
「私を止められなかった責任で、私が火傷を負った責任で一緒にいるの?」
 ただの疑問だ。月に一度会うか会わないかという友人が、一度そう問いかけてみればといったのだ。もしかしたら優しい彼は責任感で一緒にいるのかもしれないと。私も私で妙に納得してしまったのだ。なんやかんやとお人好しな彼は責任感が強い彼はだから好きでもなんでもない私と暮らしているのか。それを思い出して彼に問いかけてみたわけである。しかしながら、七海の返答は違った。不機嫌を滲ませた目で私を見た彼は口を開く。
「お前、それ、本気で言ってんのか」
「わりかとね」
 私の返答に彼は眉間にシワを寄せた。
「だから、聞いたんだけどな。私のどこを好きになったのって」
 困ったように言えば彼はずいっと顔を私に近づけた。
「あのなぁ、お前、俺がどんだけお前に好き好き好き好き本心で言ってると思ってんだ」
 七海はそうため息をついて、私の指を反対に曲げようと力を加えはじめる。
「それなのにお前ときたらのらりくらりと猫みたいに!俺のことを好きっていうか、痛いっていえ!」
「痛みを感じてないのに痛いはちょっと」
「じゃあ俺に愛の言葉の一つや二つ言ってみろ!」
「七海が思うより私は君のことが好きだよ」
「……もっと!」
 もっとときたか。仕方ない。私は彼との距離をつめる。鼻と鼻がぶつかるくらいの距離で。頰に手を添えて笑う。
「愛してるよ、光太郎」
 その言葉に彼は目を見開いて動きをとめる。私は恥ずかしくなって彼から離れる。じゃあ、おやすみ、と声をかければ、彼はハッとしたように私の手を掴んだ。
「ナマエ、今のもう一回」
「もう言わない」
「そこをなんとか!」
「もう言わないってば」
「……よーし、こうなったら言わせてやろうじゃねぇか!」
 近づいてきた七海はヒョイっと私を持ち上げると姫抱きにする。私が暴れたところでビクともしないのが腹がたつ。恐らく私は今不機嫌な顔をしているだろう。しかしながら七海はそんなものに怖気付くこともなく、ニッと歯を見せて笑うのだ。
「根比べだなぁ、ナマエちゃん?」
「うるさい、チンピラあがり」
 そう言うだけいって目を伏せたのだけれど。


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