小説家は模造品を評価するか(2)


「今日はとても不機嫌な顔をされてますね」
 そう断りもなく隣に腰かけた人物に、私はノートパソコンから目をそらすことなく口を開く。
「そうですね。貴方が聞いてみては?と言ったことを聞いたら、飛んだ目にあったので」
「おっと……しまったな、これは逆に仲を深めてしまったパターンか。マスター、いつものコーヒーを。あと、彼女にクッキーを」
「かしこまりました」
 マスターはそう返事をしてコーヒーをまた淹れ始める。差し出されたクッキーにこれくらいでは許さないぞ、と思うが、この友人――大学院生、らしい――はそんなことも気にしないのだろう。
「新しい環先生の作品を拝読しました。まさか少年探偵団ものがくるとは思ってませんでしたよ。殺人でありませんでしたが、相変わらずトリックは素晴らしい」
「褒めても何も出ませんよ」
「残念。推理作家の再推理シリーズを心待ちにしているのですが」
 彼はそう言って頬杖をついてこちらをみた。私も頬杖をついて彼をみる。相変わらず明智警視とは違う顔面の良さであるが、この友人はなにかを偽っているのは確かである。恐ろしいほど欲しい言葉をくれる彼は、恐らく偶然ではない。いや、出会いは偶然かもしれないが、それ以外は全て彼が塗り固めた偶然だ。
「仕方ない、頭の隅には置いておきましょう」
「よかった、次の新刊は再推理シリーズですね」
「頭の隅に置いておくだけです。かくとは言ってません」
「しってます」
 ニコニコと笑う彼に私はムッとしたような表情を浮かべる。それさえもニコニコと笑う彼は「先生は本当に猫みたいですね」だなんて告げた。
「あなたもでしょう」
「僕は犬ですよ。それも忠犬です」
 彼の言葉にむしろ彼はマキャヴィティタイプでは?と思ったりするが、それは口に出さないでおく。マスターがコーヒーを差し出しながら、私は猫と犬に見えますねぇとわらった。そしてそのまま少し思案して――口を開く。
「そういえば、お二人は環ナマエの作品のファン同士という設定でしたか」
「そうですね。僕はともかく、先生はそういう設定です」
 彼はそう言って笑う。
「貴方も設定でいいんですよ」
「まさか。僕は環先生のトリックを全部暗記してるんですよ」
「ナチュラルに怖いことしないでください」
「おぉ、それは心強い」
 マスターはそう言って封筒と紙を一枚取り出す。紙は封筒の中身だろうが、どうも印刷された文字であるがために味気ない印象を受ける。
「環ナマエ作品愛好会のお知らせ?」
「はい、実は私も環ナマエのファンでして。特に、新米監察医の事件カルテシリーズと薔薇嬢シリーズが」
「あぁ、いいですよね、薔薇嬢シリーズ」
 そんな話を聞き流しながら、内容を読む。どうやら愛好者が登場人物になりきってパーティーをするらしい。
「ははは、小説なら絶対事件が起こりますね」
 遠い目をしながら告げてみる。薔薇嬢シリーズという本について話している二人はそれぞれ違う表情をみせた。
「事件?」
「ワクワクしないでください。ほら」
 そうワクワクしたような彼に案内を見せる。マスターは「でしょう?」だなんて告げた。
「嫌な予感がするんですよ。どうも私の勘は兄や甥っ子に似て当たりやすくってね。代わりに参加してくれませんか?」
「いいですね、楽しそうだ」
 そう告げた彼に、私は仕事があるので、と断ろうとする。マスターがそれに気づいて私に声をかけた。
「先生、引き受けてくださるのならコーヒー付きケーキセットチケットを一ヶ月分差し上げますよ」
「それで私が引き――」
 受けるとも?と思ったが、ここにQクラスを投入すればいいのではと気づく。
「えぇ、わかりました。乗りましょう。ただ、私の近所に住む人たちも参加させても?」
「ええ、大丈夫だとは思いますが……環ナマエトークについていけます?」
「それは大丈夫だと思います。貴方はどうしますか?賢一くん」
「……もちろん、僕も参加しますよ。楽しそうな内容なので」
 ニコリとわらった彼は恐らくなにかを隠したと思われる。それに知らないふりをして適当に待ち合わせ場所などを決めておいた。
「名探偵連続殺人事件、ねぇ。タイトルだけならばいいのですが」


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