小説家は模造品を評価するか(終)

 私には別室待機が命じられたので仕方ないから別室に待機する。まぁ、死んだと思われている存在であるのだから仕方ないかもしれないが。しかしながら、別室に大人しく待機しているほど私は馬鹿ではない。ので、全員が集まっているだろう部屋に向かう。そもそも集まった彼らが向かったその部屋が私の部屋なのであり、私のスマートフォンなどはそこにあるのだ。
「おや、死体がひとりでに動いている」
 そんな声に振り返る。顔面蒼白なスタッフの前には明智警視がいた。
「おや、明智警視、今頃ご到着ですか?」
「ええ、道がふさがれているのでヘリでね」
「重役出勤お疲れ様です」
 私はひらりと手を振っておく。
「貴方は死んだと聞いたのですが」
「21グラムの証明をつかわれたので」
「あぁ、あの監察医シリーズの……」
 彼は理解したらしい。
「他の現場も見ましたが、全てトリックの流用ですね」
「えぇ、腹立たしいことに。犯人はその作家を名乗ってますけど」
 私の発言に彼は一瞬きょとんとした顔をする。そうして首を少しかしげる。
「ならば貴方はその『作家』に殺されたわけだ」
「そうなります」
「愉快な構図ですね」
 彼は笑みを浮かべながらそう告げて私を見下ろす。私もそうですね、と言いたくなるが。
「しかし、明智警視、遅かったですね。探偵諸君が解決中ですよ」
 そう言って私の部屋の前に立つ。中からは話し声が聞こえる。どうやら私の話になっていたらしい。タイミングがとてもいい。
「だって、先生は生きているんだから!」
 キュウくんの言葉に扉を開けて中に入る。えっと声を上げた周りに、私はニコリと笑っておく。恐らく21グラムの証明の話になったんだろう。
「『21グラムの証明』のトリックでは人を殺せませんよ。どうあがいても気絶がいいところです。それに事前のターゲットの変更。それもいけなかった。私は予定していた人より軽すぎた」
 そう言いつつ、犯人を見つめる。嘘だ、と吐き捨てたその人物に私は首を傾げた。
「嘘だ、環ナマエのトリックは完璧な筈」
「現実と仮想の区別がついていないようですね。環ナマエの作品は現実で実行すれば荒が出るようにワザと作られてるんですよ。あんなもの紙面だからできる話だ」
 はっきりと告げれば、犯人はワナワナと震える。あんなもの?と告げた犯人に、私は態とらしく口を開く。
「激昂ポイントを突いてしまったようで。しかしながら、一個人の作品をどう評しようがいいでしょう?」
 私の言葉に飯塚アキに扮した女の子がこちらを見上げる。
「あー、と、本名がわかりませんが、えっと、『高宮先生』はもしやファンではない……?」
「ある意味一番の理解者なのでファンとも言えますが、そうですねぇ、はっきり言えば興味がない、が答えですよ。飯塚アキさん」
「そんな奴にどうして欠番が揃ってる!?お前も転売狙いか!?」
「今となってはある意味ね」
 そう言って近くの椅子に腰掛ける。頬杖をついて彼を見る。
「も、とつくということは貴方も転売狙いですか?お聞きしましたが、一冊かなりの額になるようですね」
「違う!私はお前たちのような輩から欠番を回収し」
「中に書かれたトリックで人を殺す?」
「アイツらも喜ばしいだろう!自分の敬愛する作家のトリックで飾られるのだからな!そして、世間はかの作家の素晴らしさに目覚める!」
「なるほどこれが狂信者か」
 淡々とそう告げる。しかし、転売狙いではないらしい。そんな空気を壊すようになったのは私のスマートフォンだろう。賢一くんがそれに気づくと私にスマートフォンを渡す。ありがとうございます、と彼に告げる。ふむ、担当からである。ちょうどいいタイミングだ。オープンボイスに変更して会話をする。
「もしもし?」
『先生、愛好者の集まりで殺人事件が起きたとかきいたんですけど!しかも先生のメッセージがとか、』
「あぁ、はい、現場にいます」
『はぁ!?聞いてませんよ!先生、まさか小説に飽き足らず事件を!?』
「違います。まぁ、名前を伏せて参加してるんです。それより担当さん」
『なんです』
「欠番五作なんですが、今まで黙っていましたが、手元にデータがあるんです」
 恐らく、変装している七海は性格が悪いと思っているだろう。担当が舞い上がったように本当ですか!?と声を上げた。
『すぐに上司に掛け合います!出版しましょう!転売対策になりますし』
「そうですね。あと一冊に纏めるならば読み切り一作ぐらいは書きましょうかね」
『上司に!すぐに!報告!します!ちなみに!タイトルは!』
「……。――……、名探偵連続殺人事件とかどうですか。名探偵が一堂に会したところで殺人事件が起こる。狙われないのは『名探偵』とはいえない少年探偵団と偶々居合わせた鷹の目のみ、とか」
『はぁ!?はぁぁー!?アンタって人は!最高か!また連絡します!』
 そう言って切れた電話に私はニコリと笑みを浮かべる。周りはただ目を見開き私を見る。
「さて、残念なお知らせとあなた方にとっては喜ばしいお知らせがありますが、いかがしましょう」
 私の問いかけに飯塚龍一がため息をついて尋ねる。
「残念なお知らせは?」
「半年もすれば欠番シリーズの価値が暴落します。いえ、告知が入ればもっと前かもしれませんが。手放すならば今日中にしたほうがいいですよ。今の担当、すぐにSNSを通じて発表するので」
 明智警視が少し笑いながら私を見た。
「――では、喜ばしいお知らせは?」
「欠番五作を欠番シリーズとして一冊の本にまとめさせていただきます。しかしながら、放課後少年探偵団には欠番がないため新しい読み切り一作も入れさせていただきましょう。その作品については今後他作品と同じように放課後少年探偵団の欠番扱いとし、彼らのシリーズには存在するが彼らのシリーズ本には存在しない扱いとさせていただきます」
 言葉をそこで区切って、もう一度犯人を見る。
「……今回の事件は私にも非がある。私は原稿を持ちながら、興味がないからと放ってしまった。その結果、貴方は殺人を犯してしまった」
 そう言って目を伏せる。その名を名乗れば誹謗も中傷もない。真っ新な状態にしたくてその名を使ったというのに、今度はその名が傷ついてしまった。
「さて――探偵の名を名乗りし諸君。君たちはある一つの過程に行き着いたはずだ」
 そこで私は言葉を途切らせて口元に笑みを浮かべる。誰もが目を白黒とさせていた。代表するように飯塚ヤマトを名乗る青年が口を開く。

「まさか、あなたは、」
 ――環ナマエ、本人。

 そう呟かれた言葉に周りはざわついた。よろよろと犯人であった男が一歩、また一歩、と私に近づく。目には興奮と狂気にも似た歓喜が滲んでいる。
「あぁ、あなたが、あなたが」
 まるで神を求めるように伸ばされた手。私は笑みを浮かべてその手を受け入れ――ることなく一本背負いを決めた。不意打ちだった男は呻く。それを冷ややかに私は見下ろした。
「私は怒っているんです。よくも環ナマエの名前を汚してくれましたね。許さない」
 はっきりとそう告げる。その発言に彼は嬉しそうな顔をした。
「あぁ、あぁ、私があなたの記憶に残るなんてなんと光栄なことか!」
「――私はあなたがしたことを許さない。が、貴方の名前も存在も覚えない」
 私が吐き出した言葉に彼は目を丸くした。
「名乗らなくて結構。今日あった人の中で貴方のことは忘れるとする。貴方は名前もつがなければ登場人物でもなんでもない。ただの犯罪者だ」
 記録に書き留めたとしても、記憶に留めてはいけない。こう言った人種にはそうした方がいいのである。何か絶望したような顔をした彼に私は明智警視を見る。彼が頷いて部下に指示を出せば、犯人はそのまま連れて行かれた。

「先生、大丈夫ですか?」
 そう賢一くんが私の左手をとる。握り締めすぎて出血していたらしい。これくらい大丈夫ですよ、と手を隠す。そして私は他の人達に頭を下げた。
「申し訳ございません。私がもう少しはやく欠番を補充していれば」
 私の言葉に口々に「先生は悪くない」と彼らはいう。しかし、飯塚アキを装う少女だけが違ったらしい。
「許しません!」
 それが、正しい発言だ。どうか、許さないでほしい。この事件の発端は間違いなく私だ。飯塚ヤマトを装う青年が咎めるように「おい――」と口を開く。
「許さないので、欠番シリーズがでたらサイン入れて私にください!」
 その言葉に私は[は?」と素っ頓狂な声を出したと思う。少し顔を上げて私は彼女をみる。周りもまた彼女をみていた。
「話を書くな、ではないんですか」
「これで環先生がお話書かなくなった、とかになったら私はなにを楽しみに生きればいいんですか!そうなったら私はさっきの人地獄の果てまで追いかけていきますよ!というか、怨みます!丑の刻参りして呪って見せます!私もあんなファンの風上にも風下にも置けない人を忘れるので、そのためにも話をかいてください!」
 ぷりぷりと怒っている彼女に私は間抜けな顔をしていると思う。飯塚ヤマト扮する青年も頷いた。
「俺も許さないので欠番シリーズだけとは言わずに他シリーズの新刊もください。定価はだします」
「あ、ずるいですよ!私も私も!」
 そんな会話に私は笑いがこみ上げてきて肩を揺らす。先生?と覗いてきたキュウくん達につい笑い声が漏れてしまった。おかしい。彼らもまるで狂信者だ。そうクスクス笑う。賢一くんが目を見開いたのが見えて真顔に戻すけども。
「ふふふ、そうですか。許してくれませんか。本当はもうペンを置いてしまおうかと思ったのですが……仕方ありません。贖罪となるのなら書き続けましょう」
 その発言に彼らの目には歓喜が宿る。先程の狂気にも似た歓喜ではなく、純粋な喜びだ。後ろからほっとしたようなため息が聞こえる。七海だろうか、明智警視だろうか。
「まぁ、執筆より先に事後処理がありますけど」
 恐らくは私も事情聴取されるのだろう。二度目のそれ、だろうか。私の視線に明智警視は頷いた。


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