その手帳を残したのは誰か(2)
パチリ、パチリとハサミでコードを切っていく。無事にタイマーは止まった、と思ったらまた進み始めるのであるが、それはよくある話なので気にしない。それよりも困ったことと言えば。「……映画のお約束か」
そう、七海たちは解体できたと思っているようであるが、実際には二本のコードが伸びている。赤と青、どちらかを切れば止まり、どちらかを切れば爆発するのだろう。
「近宮さん、今そっちに救助隊を――」
「いいえ、まだ来ないでください。どうやら設計図にないコードが二本あるようです」
そう言ってコードを見つめる。まるで母親が残したあのトリックのようなものだ。今回の場合、解答が書かれた紙などなく、そして限りなく本人しかわからないことだ。なんだって、と二人が声を上げる。私はコードをみつめた。さてはて、私の命運はどちらの糸か。母が好んだ薔薇の色である赤いコードか、奇跡と呼ばれる青薔薇ににた青いコードか。しかしながら、その選択に彼らを巻き込むことが気に引ける。真剣に考える二人に、私は電話機をみつめた。今回ばかりは無理だろう。二度あることは三度ある。二回ばかり、私を助けて見せた七海はこちらに来れそうにない。これが、三度目の正直というものなら間違いなく私はここで死ぬ。ふと手を見れば震えている。今更じゃないか、と笑った。今更死ぬ恐怖がくるのか、と。二度、火災に似たそれで死にかけといて。今度こそ七海を光太郎を巻き込むのに気がひけたのだ。だから、私は「ナマエ?」だとか、「近宮さん?」と不思議そうに私の名を呼んだ彼らに笑うのだ。
「……少しは良い夢ぐらい見せてくれてもいいんじゃないですか。全く神様は酷いものですね」
目を伏せる。そうして得意のポーカーフェイスで、恐怖を気付かれない声色で私は告げた。
「good luck、名探偵諸君。またどこかでお会いできるといいですね」
そう言って受話器をおとす。その時受話器から聞こえた「ふざけんな!ナマエ、電話をきるんじゃねぇぞ!」という言葉は気にしない。電話のコードを抜く。これで彼らが私に連絡をとる手段はない。さて、どうするか、と二本のコードをみつめた。
時計が音を立てる。チクタクなんて可愛らしい音ではなく、実際はデジタル表記のため、ピッピッという単調な音が暗い世界に鳴り響いた。思えばついてない人生である。母親があんな形で命を落とさなければ私はきっとマジシャンであったのだろうし、母親があんな評価にならなければ私はきっと苦しまなかっただろう。彼女の汚名は私では払拭することなどできず、あの魔術団は解散したとはいえ各個人は活動を続けている。彼女の名を汚して口にするくせに、彼女のトリックを使って華やかな世界に立ち続けるのだ。
「どうせ巻き込むならそいつらを巻き込めればよかったのにね、母さん」
そう爆弾をみて口を開く。コードにかけていたハサミから手を離す。
「……ねぇ、母さん、もう疲れたから眠ってしまっていいだろうか」
私としては頑張った方だと思うのだ。ずるずるとカウンターに背中を預けて座り込む。そこでようやく自分の体をみた。痛みを感じないとは厄介である。よく見れば酷い怪我を負っていたらしい。通りでだるく思考がまわらないはずだ。血がたりてないのだ。目を伏せる。しばらくすれば相変わらず聞こえるその音と合わせて、扉を叩く音がした。幻聴だろうか、と扉を見れば、扉が揺れていた。
「ナマエ!!お前、ふざけんなよ!!」
無理やり扉をこじ開けようとしているらしい。ガチャガチャと音が鳴る。扉を破ろうとする音がする。ひどい安眠妨害だ。七海光太郎、と呼んだ声は思ったより弱々しい。
「ふざけんな!その自殺癖どうにかしろよ!」
「失礼な、誰が自殺癖ですか。というかなんできたんだ、七海光太郎」
少し声を張って彼に声をかける。
「はやく逃げなさい」
「誰がお前を置いていくか!お前は俺に言ったよな!?俺とお前はコインの裏表みたいだって!コインが片側だけで成り立つと思ってんのか!というか、そもそもお前は裏側じゃないだろ、お前だってコインの表側なんだからな!くっそ、あかねぇな……」
彼は小さくそういう。彼の言い分にイラッとして近くにあった石を投げたが扉に届かず石は落ちた。
「……信じてない私のために命なんてかけずに、信じてる彼らのために生きたらどうですか」
「悪かった、俺は確かにお前を疑っちまった。冥府の番犬の策略にまんまとはまったんだよ。だが、近宮、その言葉そのまんま返すぜ」
「なにを」
「お前の証言を信じてない数多のために死ぬなら、お前を信じてる俺たちのために生きろよ!!」
ガツンと、一際大きな音が鳴る。扉が壊れる。嘘のように幻覚のように、真っ白な服を着た男はあらわれた。息を切らして。彼の白が煤で汚れている。あちらこちらにほつれがある。彼は真っ直ぐな目で私を射抜く、が、すぐに私の怪我に気づいたんだろう。「ナマエ!!」と叫んで私の近くにやってきた。
「……うるさいです。私に気にかけるならソレに気を使ったらどうですか」
私は目を伏せてカウンターの上にある爆弾を指差す。彼はそれを確認して、スマホを手に取った。七海は「団先生」と声をかけたので彼を見上げた。
「……はい、近宮は無事です。酷い怪我ですが……はい……赤と青の二本です……脱出する時間はなさそうです……いえ、近宮は青のコードを……」
彼はそう言って私が持っていたハサミを握る。こちらをみた彼に私は目を逸らして外の景色をみた。
「赤でもいいんですよ、青を選んだのには根拠はない。願掛けに似たくだらない理由だ」
「……、……いえ、俺は近宮を信じます。青のコードを切断します」
そう言って彼はハサミをにぎる。あと、百回。電子音がなれば恐らくはそれは爆発する。彼は私を見下ろし、私は彼を見上げる。
「私を信じていいんですか?」
「あぁ、――俺はお前を信じてる」
パチン、と彼はハサミでコードをきった。