その手帳を残したのは誰か(終)
パチリ、と目を開けば何度目かの白い天井である。DDCが管理してる病院か、と理解するのが早いのは少なくとも二度ここで目を覚ましたことがあるからだ。ゆっくりと持ち上げた両手、そこから繋がるチューブは薬剤につながっている。今回は何日眠ったのだろうか。そう顔を横に動かす。すると、頬杖をついた七海と目があった。とりあえず起き上がりニコリと笑って、おはようと言えば彼は口端を引きつらせて口を開いた。なるほど、怒っている。「おそよう、ナマエ。最短記録で目が覚めたようで何より」
「最短記録」
「輸血と処置をしてまる二日だよ、この馬鹿野郎!」
そう言って私にヘッドロックをかます。痛い。そのまま関節技をかけにきた彼に私は大人しくされるがままになる。痛みを感じないほうに技をかけるからだ。
「なんでお前はいつもこうなんだ!?無茶ばっかりしやがって!お前俺より頭脳派のはずだろうが!」
「光太郎、二度あることは三度あるんだよ」
「三度目の正直で自分を巻き込まないことを考えろ!毎度毎度死んでもおかしくないんだぞ!というか、お前、死ぬつもりだったろ!」
ガン、と頭をぶつけられる。私は苦笑いでやり過ごすことを選ぶ。彼は私のその返答にも似た行動に、馬鹿野郎、ともう一度叱った。そのまま抱き寄せた彼は、優しい人だ。そこに私はただ漬け込んでいるのだ。
「七海光太郎、今度こそは愛想を尽くしたんじゃないですか?私は身勝手な人間なんです。あなたみたいにできた人間じゃないんですよ」
私の言葉に彼は「はぁ?」と声をあげた。
「やっぱりそばにいてやんないとお前はダメだなって思っただけだ」
「失礼な」
そう言って目を伏せる。あぁ、でも、私は結局、どうしようもなく貴方を信じてるのだ。その言葉を、根拠なく。あんな場所にいても彼は助けにきてくれるのだと。あの嘘みたいな頭痛はない。そこで手が震えているのに気付いた。ナマエ?と首を傾げた彼に、小さく溢す。ポーカーフェイスなど投げ捨てて。
「今回は、ちょっと、怖かった、かな」
たった一言そう告げる。彼は被っていた帽子を私にかぶせた。
怒涛の説教コースだ。しのちゃんの涙ながらの説教からはじまり、本郷さんの短くも迫力がある説教に加え、いつのまにか戻ってきた真木先生の服薬指導を含めた説教、団先生による説教が積み重なった上に遅れてやってきた明智警視からの説教だ。もう説教はうんざりだと耳に蓋をしようとすれば七海に余計に叱られた。ぐったりと机に伏せてそっぽを向く。我ながら子供っぽいとは思うが。私の様子が珍しいからか周りが目を瞬いているが私の原稿書きあがり後を知っている七海はため息をついただけだ。団先生が少し笑って私に声をかけた。
「それにしても、近宮くん、何故青のコードを?」
「……七海にはいいましたが、そこには根拠も何もないです。ただの願掛けに近いものです」
「願掛け?」
首を傾げた周りに私は説明しようとして止める。口を紡ぐ。絶対に説明しない。我ながら恥ずかしい思考回路だ。黙秘権を行使します、と告げた。
「はぁ?なんだそれ」
「絶対に言いません。墓にまで持っていきます」
「てっきり近宮先生が好んだ赤い薔薇に願掛けをしたのかと思いましたが違うんですか……あぁ、もしかして――」
「雪夜叉」
いらないことを言おうとした明智警視に釘を刺す。「気のせいでしたね」と彼は素知らぬ顔をした。雪夜叉事件で再会したのだが、彼はそれを黒歴史扱いしているようだ。そのためそういうところを突けば彼は黙るのである。雪夜叉?と首を傾げた周りに明智警視が咳払いをして鞄から手帳を取り出して見せた。
「近宮さん、これを。預かったままになっていたので」
「……ありがとうございます。森谷帝二はなんと?」
「いいえ、この手帳のことはなにも」
違う会話にうつれば七海が不満そうにした。団先生は苦笑いしてから私の手帳をみた。
「近宮くん、それは?」
「わかりません。森谷帝二が言うには私の父親にあたる人物が彼に預けたようなのですが」
私の言葉に先生と同期が私を見下ろした。
「父親?」
「はい、しかし、私は父親に面識はありませんし」
そう言って手帳をめくる。やはり建物の住所と建物の外観がスケッチされ、設計図にも似たものが並んでいるだけだ。しかも、少しおかしな建物が多い気がする。
「私も少し調べてみましたが森谷帝二が言うような人物がわかりませんでした。無名に近いでしょう。……君たちのうちの誰かに、と言われていましたが、近宮さん、何か覚えは?」
その言葉に私は手帳を見つめたあと、頬杖をついた。
「いえ、覚えはないです。母からそう言う話は聞いたことはありませんでしたから。私が物心着いた頃には母しかいませんでしたし。明智警視と同じく森谷帝二と知り合いとなれば著名な建築家かと思っていたんですが……どうも私が認識する父親らしき人とは違う人のような気がします」
「父親らしき人?」
「はい、私が生まれたくらいの時に離婚して私を連れて家を出たとは聞きました。確か、その人は貿易商か何かだったような……」
母は滅多にその人のことは話さなかった。周りに言われて父親について尋ねたとき、ぽつりと呟いたぐらいだろう。ごめんね、一緒にさせてあげられなくて。困ったような顔をした母親が私を見下ろしてつげたのはいつだったか。同い年ぐらいの少年とまた遊ぼうねと約束したと話した時だったような気がする。
「まぁ、暇な時に少し調べてみます。手帳の中の建物は興味深いですし」
そう言って話を切る。えぇ、また私もお手伝いしますよ、と笑った明智警視にありがとうございます、と頭を下げる。
「今回も明智警視が協力してくれたので迅速に処理ができました」
「いえ、いつもこちらが協力してもらえているので」
「また今度食事にでも」
「はい、と言いたいところですが、七海探偵の視線が怖いのでこの場ではご遠慮しておきましょう」
「はっ!?」
「……っと、部下からの連絡が来たのでこれで失礼しますね」
「事件ですか?」
「いえ、この前いった素人探偵くんの情報処理です」
「あぁ、未成年ですもんね」
「ええ、これくらいはしておかないと警察の面子が保てませんからね」
まぁ、たまに逆恨みで襲撃されることもあるのだ。高校生が関わっていると言えば逆恨みで襲撃する人もいるだろう。明智警視は団先生達に視線を移した。
「団探偵も、みなさんもいつもご協力ありがとうございます」
「いや、こちらこそ君達には世話になっている」
「では……近宮さんはしっかり療養するように」
その発言に苦笑いする。早々に退院しようと考えているのがばれてる。明智警視はそのまま病室を出た。
「ナマエ、明智警視にいったのか?」
「特に言ってないですよ」
「君たちは関わってしまえば結構わかりやすいからな。素人探偵っていうのは?」
団先生の言葉に七海がコミカルにぎくり、とかたまる。そういうところなんだよなぁ、と思いながら彼の問いに答えるとする。
「……私もあったことはないのですが、キュウくんみたいに頭の回転が早い高校生がいるようです。たまーに事件に巻き込まれて事件をその場で解いてしまうとか。まごうことなく元祖ミステリ小説の探偵という感じですよね」
そう言って手帳をめくる。しばらくは療養するように、と釘を刺した団探偵と真木先生に「善処します」と答えておく。本郷さんが呆れて紫乃ちゃんと七海に怒られたが。