その血筋は犯罪者へと誘うか(3)
七海が部屋に戻ったので、杖をつきながら一階に下りる。確かエントランスには部屋の間取り図があったはずだ。じっくり見る暇なんてなく、七海に自室に連れていかれてしまった。七海の部屋には資料があるかもしれないが、何号室かを聞いていない。ならば、見に来た方がはやい。階段を下りてすぐ先のエントランス、机の上に置かれた青薔薇をみる。
――青薔薇の披露会。
その言葉に、眉間にシワを寄せた。2年前、ホテルで青薔薇の展覧会があった。そこで火事が起きたのだ。たしか結構な数の避難者がおり、傷病者と死者も数人出ていたはずである。もしかして、この事件はそれに起因しているのだろうか。
「環様? どうかされましたか?」
不意に降ってきた声に振り返る。支配人の毛利帝である。
「いえ……素敵な薔薇だと思いまして」
「冬野様の作品でございます。せっかくだからとお持ちしてくださりました」
毛利帝の言葉に私はそうだったのですか、とはにかんだように笑っておいた。
「しかし、環様、どうかされましたか?」
「自分の部屋以外の説明を聞いていなかったので……大浴場の場所も知りたいですし」
「あぁ、たしかにそうでしたね。この薔薇十字館には開かずの間もございます」
そう言って毛利さんは館内案内図を私の近くに持ってきた。なるほど、この館は十字の形になっている。薔薇に囲まれた――薔薇園が広がる、十字の形の館。だから、薔薇十字館というわけだ。大浴場は地下であり、私たちの部屋は二階部分。それぞれが螺旋階段で繋がっている。扉のたて付けが悪く開かずの間になっている場所もどうやら螺旋階段でそこまでいけるらしい。
「環さん、毛利さん、そこで何を?」
もう一人の声が降ってくる。そちらを見れば、遠山遙治が階段を下りてきていた。
「いえ、私が館内の説明を聞けていなかったので」
「あぁ、たしかに、遅れてきた貴方は聞けていませんでしたね」
人の良さそうな笑みを浮かべた彼は、立っているままでは辛いでしょうから車椅子をお持ちしますよ、と何とも善良そうな言葉を私にかける。毛利帝が気づかず申し訳ないと謝ってくれたので、リハビリになるので気にしていないと私は首を左右に振っておいた。そのあとすぐに、食事の準備があるからと毛利帝はその場を後にしていった。世話人は忙しいのだろう。ダイニングのほうへ向かう彼を見送って、私は遠山さんが用意した車椅子にゆっくり座った。そうしてホッと息を吐く。
「ありがとうございます」
「いえ……」
「遠山さんは青薔薇を見たことは?」
「私はありませんね。環さんは?」
「私もありません。以前、チャンスはあったのですが流れてしまい……今回拝見できるのならとやってきた次第です」
そう言って手帳で口を隠してクスクス笑う。彼はそんな様子を見て、「やはり記事に?」と尋ねた。
「……いえ、迷っています」
「迷ってる?」
「青薔薇ができたとして、まだたくさん栽培できるわけではないでしょう? 私が記事を書いて青薔薇を広めてしまえば、たくさん栽培する前に取り合いになってなくなってしまうかもですし」
青薔薇は展覧会が開かれる予定だったホテルで火災がおこり、青薔薇ごと焼失したのである。あの時でもう一度、幻となって消えてしまったのだ。青薔薇となれば、のどから手が出ても欲しい人だってたくさんいる。それが趣味であれ、金目的であれ。確か、もう一度栽培しようとしても、そのブリーダーも火事で――。
私はハッと館内の情報をメモしていた手を止める。
たしか、青薔薇のブリーダーはホテル火災で亡くなっていたはずだ。だから青薔薇は再び花開くことがなく、どうして青薔薇に至ったのか研究資料もわからずじまいに終わってしまったはずなのだ。
――もし、あの火災が故意によるもので、その火災を起こした犯人を炙り出すために屋敷に呼び出されたのなら?
「環さん?」
考えに没頭しそうになった瞬間、遠山さんに声をかけられる。私は「いえ」と苦笑いして館内見取り図から彼に目を移した。
「……遠山さんは金田一くん達と御知り合いみたいですが、今日は偶然?」
「いえ、金田一くんと七瀬さんは私が誘ったんです。真壁くんは偶然ですね」
となると、集められた中で薔薇の花の名前をもたないのは七海と彼だけだ。カモフラージュのため、という線は薄い。彼が高遠遙一であるのなら、スケープゴートにされる可能性が大いにある。それなのに、彼はのこのこ来たのだろうか。
七海は私と一緒にあのホテルに泊まっていたからマジシャンズセレクトのカモフラージュとして選ばれた可能性はある。彼が高遠遙一だとして、偽名で泊まっていた?
「遠山さんは、ローズグランドホテルに宿泊されたことは?」
小首をかしげて私は彼に問いかける。彼は目を瞬いてから、首を左右に振った。
「いえ、ありません。どうして?」
「いいえ、数年前に宿泊したローズグランドホテルの薔薇の生け方が素敵だったので、もしやと思ってといかけただけです。その方をぜひ記事に書きたくて探しているんですよ」
嘘だ。しかし、わかりにくい嘘だ。あのホテルはなくなっている。それに加え、事実も含まれているのだから嘘だとはわかりにくいはずだ。彼は「知り合いに尋ねておきますよ」とまた人の好い笑顔で答える。それもまた、私と同じような嘘なのであろうが。