その血筋は犯罪者へと誘うか(4)


 夕餉だといわれて集まったダイニングで椅子に掛けて待つ。毛利帝が館の主からのウェルカムプレゼントだと言ってケーキの入った箱を持ってきた。嬉しそうに駆けよって我先に開けようとした金田一くんを毛利帝が止める。お祈りをしてから食べることになっているらしい。十字架の形をしたその屋敷の関係で、やはり宗教的なことがあるのだろうか。私はその様子を一番端の席から眺める。
「――私は知っている。悪人には幸福がない。またその命は影の様であって、長くは続かない」
 その文言に、周りは静まった。旧約聖書『伝道の書』8章13節だ。静まったということは皆何かしらに覚えがあるのかもしれない。冬野さんが金田一くんに顎で開けるように促して、金田一くんが仕方ないという風に立ち上がった。そうして箱に手をかける。ここまでお膳立てされて普通のケーキが出てくるわけがない。これで普通のケーキがあらわれたのなら、私はこの館に招いた主人を『悪戯好きの愉快犯』という位置づけで見ることになる。
 金田一君が箱を持ち上げる。その下にあったものに私は少し怯えたように反応する。しかし、思ったよりは優しいものである。生首なんてものではなく、誰かのデスマスクであったからだ。
「これってデスマスク……?」
 金田一くんの言葉とほとんど同時に雷が近くに落ちたのか、ちかちかと電灯が瞬く。外は酷い雨なのか、雨が窓を打ち付ける音が室内に響いていた。その沈黙を割くように、禅田さんがデスマスクを伺い、翔? と驚いたように告げた。その発言を聞いた一部が驚いたような反応をしたのを見ると、どうやら知り合いの様である。私もとりあえず驚いたようなしぐさをしておいたが。七海が近づこうとしたのを私は隣に座る彼を止める。彼は今回造園技師と名乗っているのであれば、探偵役をしないほうがいい。犯人の狙いが分からないなら、余計に。遠山さんが立ち上がり、金田一くんに近づいていく。
「ウェルカムプレゼントにデスマスクとは、随分悪趣味ですね、毛利さん」
「違います、私はケーキだとばかり」
 その発言を聞きながら、私は備え付けられている食べ物を運ぶために用意されたエレベーターを見る。彼の発言が嘘ではないのなら、おそらくあれはエレベーター内部と同色のお衝立があり、二重構造になっている。気づいていないのなら、彼はずっとここに勤めていたわけではない。主人の指示に従ってこの箱を運んだ、エレベーターをつかって。それを聞いた金田一君が黒いバラを一輪手に取りエレベーターに入れた。そうしてボタンを操作し、キッチンへエレベーターを向かわせると地下の厨房へ向かう。周りの人もそれを追いかけるように後に続いていった。私は簡単に移動することなどできないのでおとなしく椅子に座ったが。最後にのんびりとそれを追いかける遠山さんを見送って、私は七海から手を放す。
「おい――」
「二重の箱になっているんでしょう。マジックの常とう手段です。あの少年はQクラスと一緒で勘がいい」
 そう言って私はすたすたと歩き、デスマスクに近づいて覗き込む。七海も合わせてそれを除きこんだ。
「さっき、禅田みるくが名前を呼んでたな。確か、翔だったか。身に覚えは?」
 そう問いかけた七海に「私にはさっぱりですね」とデスマスクをみながら答える。
「日本だけで翔という名前の人は何人いると思っているんですか。苗字がないと、といいたいところですが」
 私はそう言って「思い当たるのか」と七海は告げた。
「恐らく、薔薇業界の人で間違いないでしょう。かつ、薔薇の名前が含まれる人だ。そうなると人は限られてくる」
「薔薇の名前が付く人?」
 七海はそう言ってデスマスクの写真をとりあえず撮った。私はうなずいて、ネットで情報を探す。
「『一心』、『みるく』、『八重姫』、『月読』『ジゼル』、『京』、『誠』、『環』。これはすべて薔薇の名前です。貴女と遠山さんだけが薔薇の名前がつかない」
「金田一は?」
「金田一君と七瀬さんは招待されたわけでなく、遠山さんがつれてきたようです。ああ、あった」
 ネットの中で見つけたその存在に、七海も同じくそれを覗き込んだ。
「皇フラワーチェア社長、皇翔――?」
「『皇翔』は薔薇の名前ですね。と、なると」
 私はダイニングのテーブルを見つめる。今は私たち以外が空席であるが。
「ローゼンクロイツ氏は薔薇の名前を持つ人物を集めたかったとみえる。現に七海と遠山さん以外は薔薇の名前だ。恐らく、君はマジシャンズセレクトの誤魔かしに使われ、遠山さんはスケープゴートに呼ばれた可能性が高い」
 さっくりとそう今の見解を告げる。七海は目を見開いて、私の手をつかんだ。
「やっぱり、お前はすぐここから出ろ」
 その目がいかにもまっすぐだったものだから、私は目を瞬く。いつもなら協力するという話になるはずなのに。どうかしましたか? と聞いても、彼は言葉を濁すだけだ。そんなやりとりをしていれば帰ってくる足音が聞こえて、私はバランスを崩したふりをする。彼はそれを受け止めたふりをした。私はいかにも不服だという風に彼を見る。
「もー、七海さんがとめるから、みなさん帰ってきたじゃないですか」
「嬢ちゃんが無理して歩いていこうとしたからだろ」
「だって、まるで小説みたいじゃないですか。館の主人の悪戯なのか、どうなのか知りませんが。どうなってたんですか?」
 そう伺うように金田一くんを見る。ご丁寧に説明してくれる彼は優しい子である。私がへえと納得していれば、金田一くんは毛利帝を見た。
「この構造に気づかなかったってことは、毛利さんも最近ここに来たばかりなんじゃないですか?」
「実は、昨夜来たばかりで……これで私の容疑が晴れたということですよね」
「それは違う」
 遠山遙治がそう言って口を開く。そうだ、これはトリックを解き明かしただけであり、決して彼の無実を証明したわけではない。事前に準備さえしてしまえば、誰でもこのトリックができるのである。
「つまり、ここにいる誰もがローゼンクロイツ」
 遠山遙治の言葉に周りがまた静まり返る。そっと、月読さんが金田一君が持つ黒いバラを持って口を開いた。
「――黒薔薇の花言葉は『死ぬまで憎む』。そして『永遠の死』」
 どこかうっとりしたように月読さんは詩を詠む。
「黒いバラよ、その饒舌なる沈黙よ、願わくばこの場にて我らの秘めたる罪を明かし給え」
 ふむ、詩人らしい言葉選びだ。今度の推理小説で参考にしよう。祭沢一心はその詩をきいて、怯えたように口を開く。
「俺は帰る」
「私も。こんな気味悪いところにいられないわ!」
 禅田みるくもそれを追いかけるように続く。まわりはそれを走って追いかけていった。私はあくまで走れないふりをしているわけである。追いかけられない。
「ええっ、待ってくださいよ……」
 私は眉尻を下げてそういって七海を見上げる。こんな状況ですんなりと出られるはずがない。七海はそれを察したのか、「嬢ちゃんはここにいろ!」と言ってそのまま追いかけたのだが。
「――彼とは随分仲がいいのですね」
 同じくそれを見送った遠山遙治に私は目をぱちぱちと瞬く。そしてふにゃりと笑っておいた。
「はい、私が住む家があるんですが、その庭の造園工事に結構長く来ていただいていましたから」
 こっそりと決めた設定である。彼は「なるほど」とだけつげると、私にここにいるように告げてその場を後にしたのであるが。


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