その血筋は犯罪者へと誘うか(11)
金田一くんが彼に投げかけた「高遠」という名前。それで彼女は勘づいたらしい。どこかで聞き覚えがあると思ったら、とつげた彼女に彼女の記憶力はいいなと客観的に思う。なぜなら、普通の人は指名手配犯の名前や顔など覚えていないからである。警察に直々に聞かれた、見せられた、もしくは私たちのように探偵や警察組織に従事しているなら覚えがあるかもしれないが、彼女に至ってはその可能性は低い。そもそも高遠という苗字を持つ人は日本には多数いるはずである。高遠という苗字だけで特定は難しい。
ならば、彼女はなぜ覚えているのか。彼女が彼を招待したのではないだろうか。
彼がローゼンクロイツでないかとつめよる周りに金田一君が割って入る。
「ちがう、高遠は犯人じゃない」
「なんでそう言えるんだ」
「それは」
言い淀んだ金田一くんに、助け舟を出すとする。
「仮に、彼が本当に高遠遙一だとして、こんな間抜けなことで特定されることはないと思うのですが」
金田一君たちの視線が私に向いた。
「はあ!? 何言ってんだ」
「環さん、あなた騙されてるわよ!」
「いや、だって、逆にその地獄の傀儡子だとしたらおかしいですよ」
私は困り顔でそう告げる。おかしい、ですか? とは七瀬さんの問いかけである。
「だって、彼が本当にうわさに聞く地獄の傀儡子だとすれば、自分に疑いが向かないように一番安全な場所に自分を配置するでしょう。彼がいたのはまるで自分を疑ってくださいという場所です。そこにいる彼には何もメリットはない。下手したらそのまま逮捕されますからね。そもそも、警察にいる知り合いに聞いたことがありますが、他人に計画を授けて自分が行動しないから傀儡子と言われているのでは……?」
「でも、そいつは人殺しだから指名手配されてるんだろう!」
「うーん、それに関してはフォローしかねますね。彼が高遠遙一なら事実ですし」
佐久羅京の言葉に私は肩をすくめる。彼の告げたこともまた事実だ。佐久羅京はナイフを取り出して高遠に向けた。
「どけ、みんなコイツから離れろ。コイツを閉じ込める!」
こうなってしまえば、助け舟は無理だろう。私は小さくため息をついて彼らに続く。部屋に閉じ込められた彼は始終笑みを浮かべていたのだけれど。
「環さんは、どうして高遠をかばったんだ?」
そう言った金田一くんに私は目を瞬いた。かばったつもりはなく、推測できることを並べただけである。
ぼや騒ぎの後だ。けたたましく鳴った火災報知器に七海がお前はここにいろ、最悪窓から逃げろ、と廊下に急いで出て行った。後で七海に原因を聞けば薔薇にろうそくの火が引火しただけというなんとも人騒がせなことが起こったらしい。まわりがぼやというだけでパニックになっていたのをみると、お前の推測していた事は正しいかもな。七海はそう言って私とは別のことを考えていたのだが。
あとは、金田一くんを心配して剣持刑事という人物が佐木君という人物と一緒にヘリでやってきた。七海が逐一報告しているようなので、恐らくはDDCの職員も紛れている。ヘリを外から窺えばヘリを運転してきた人の中にDDCの職員がまぎれているのが見えた。私のことを報告していなければいいが、七海に限って黙っていることはないだろう。せめて、真木先生や団先生に話が言っていなければいいのだが。
そんなこんなでである。七海とラウンジのような場所で話していれば、金田一くん達がやってきて冒頭の言葉を告げた。
「いえ、かばったわけではないのですが。というか、わりかとさっき言った通りですね。彼が本当に高遠遙一だとして、犯人だとしたら彼はそんな危険を冒す人ではないと思ったまでです。小説でいえば、スケープゴート役じゃないですか」
私の発言に彼は苦笑いをしたのだが。本人ですよ、と七瀬さんが小さくつっこんだので、それをそのまま返すとする。
「なら、あなた達はどうしてそんな指名手配犯と一緒にこの館に?」
「それは……」
言い淀んだ彼に、私は言いづらいならいいんですよ、と返した。秘密の協定があるのであれば、そこは他人が踏み込むのは気が引ける。七瀬さんは伺うように私たちを見た。
「あの、環さんも、七海さんも、ローズグランドホテルの薔薇博覧会にいたんですよね?」
「はい、私は青薔薇の取材に……って、えっ、七海さんもいたんですか?」
「嬢ちゃんもいたのか」
そう言ってお互いびっくりした振りをする。一緒に行ったのだが書面上では誰もわからない。
「というより、『も』ということは他も全員そうなのか?」
「はい、そうみたいなんです」
金田一君はうなずいて、私を見る。私はその視線に首を傾げた。
「何か?」
「あの、環さん、薔薇ブリーダーの美咲蓮花っていう方知りませんか?」
「はい、存じています。青薔薇を作り上げた方ですね。……私が昔、助けられなかった方です」
あのあと、DDCから送られてきた名簿を見ていれば、七海に紫乃ちゃんが電話でそう告げたのだ。
――美咲蓮花はあの日ナマエちゃんが部屋から助け出した人よ、と。
その言葉にたしかにそんな存在がいたと私はその時の記憶をたどった。
たしか、扉の前で女の子が泣き叫んでいたのだ。中にお母さんがいるのだと泣いて訴えたのである。私は彼女をみて、母親が頭をよぎったのだ。だから、私は熱さを感じない方を利用して彼女のかわりになんとか扉を開けようとした。彼女は他の客に連れ出されていき、私はそのあと扉を何とか開けた。そうして、燃えていた彼女をなんとか連れだしたのだ。途中で私を探しにきた七海と消防隊似合ったところで、私は意識を失っている。私はその後しばらく入院することになり、七海にも団先生達にもこってり怒られることになった。どうもそちらの方が記憶に残っていた。
そこで、まてよ、と私は動きを止める。あの母親を気にして泣き叫んでいた彼女はどうなった?
「環さん?」
「――いえ、なんでもありません」
そう困ったように笑う。困ったように笑う。恐らく、この事件は彼女が起こしている。彼女の姿を思い出そうとしていれば、明智警視からメールが届いた。そこにつづられていた文言を確認して、七海にそれを転送する。彼はそれに目を通して、私に目配せをしてから金田一君たちに断ってそこをたった。私もそれをおって席を立つとする。その前に、金田一くんは私が狙われるのではと心配していることが理解できた。ならば、探偵役の彼には真実を伝えておかないといけない。私は彼の肩をたたき、唇を耳元に寄せる。
「金田一君、ひとつだけ。あなたはきっと私を気遣ってらっしゃるのでしょう。……脱衣所でちょっとした手違いがありまして、私は冬野さんのタオルを使うしかなかったんですよ」
「え?」
私はそれだけ告げると笑みを浮かべて彼から手を離す。えっと固まった金田一君と少し怒った七瀬さんに私は「では、」と少し頭を下げて、その場をゆっくり後にした。