その血筋は犯罪者へと誘うか(終)


 ジゼルが警察に連れて行かれ、毛利帝に変装していた冥王星の一員がDDCの職員に連れて行かれる。そんな騒ぎの中、七海に軽く負傷した部位の手当てをうけていれば、高遠遙一がゆったりとした足取りで近いてきた。七海が庇うように前に立つ。私は気にするなと首を左右に振った。
「双子の片割れだとしても、大人しく捕まってほしいですね。手助けはしませんよ」
「金田一くんとの約束だからね。捕まるよ」
 恐らく捕まると言っても、今回捕まるだけであり、収監される前に逃げるつもりもあるだろうことが伺える。七海も少し眉間に皺をよせた。高遠遙一は気にしていないのだろう。彼は少しだけ穏やかな表情を浮かべる。
「近宮ナマエと会えたらひとつだけ聞きたかったことがあったのに、君が双子の片割れだとわかってふたつになってしまった」
「貴方はいつ私が奇術師の近宮ナマエだと?」
「姿を見ればわかる……まぁ、最初は火傷の跡が見つからなかったから、他人の空似かとも思ったけど」
 その言葉に私は何とも言えない顔をした。私が彼に抱いたことと同じことを告げたからである。
「ナマエに聞きたいことってなんだ?」
 七海の問いかけに、高遠遙一は口を開く。
「君は僕たちの本当の父親に会ったことがあるだろうか?」
 ――本当の父親。彼は恐らく貿易商である父親と一緒に暮らしていたはずである。
「私の父親は貿易商をしていると、母からは聞かされていましたが……違うんですか?」
「……何も知らない、か」
 彼はどうやら『本当の父親』を探っているらしい。私の視線に自分の行為は父親の血筋によるものではないか、と彼は告げた。そんなわけないだろ、と七海はぼやいたが。金田一くんがかの金田一耕助の孫であるように、私が母と同じく奇術師であったことに、自分もそうなのではないかと思っているようである。確かに両親と同じ職につく子供は多い。しかしそれは血筋というよりは育った環境が関係しているのだろうが。私はため息をつく。本当の父親。あの森谷帝二の言葉もある。私も知っておくべきことだろう。
「投獄される貴方に言うのもなんですが……貴方は森谷帝二を?」
「あぁ、彼なら知っている。この間、日本で騒がれていた爆弾魔だ。デザインする建築物がすべてシンメトリーだった建築家だね。ニュースを見ていると左右対称を破壊したかったようだね」
 彼は飄々とそう返す。それが何か? と問いかけた彼に私は口を開く。
「私はその事件に関わったのですが、彼は私達の『父親』から手帳を預かっていました」
「――手帳?」
 彼は私をじっと見る。
「私達の誰かに渡すようにと言伝付きです」
「つづけて」
「続けるも何も森谷帝二の証言や手帳の中身を見れば建築家だったことはわかるのですが……まあ、おかしな建築物ばかりでしたけどね」
「おかしな?」
「この建物はその父親が設計したらしい、と言えば理解できますか?」
 その言葉に彼は少し考える。そばにいた七海も目を瞬いた。
 この建物は普通ではない。螺旋階段に方向感覚を狂わされ、そのまま同じ位置に地下があると思ったら30度ほどずれている。まるで、推理小説の舞台として整えたように。
「そこにくる人間は違和感を抱くことは基本的にないが、構造的に変わった建物を作っていたと言うことか」
「そう言うことです。また、森谷帝二はこうも言っています。全くアイツの才能はアイツの父親譲りで嫌になる、と。これはあくまで推論ですが、私達の祖父も美術に関わる仕事をし、父親は主に建築関係についていた可能性は高いと私は踏みます。まぁそちらに詳しい知り合いが知らないようなので無名の可能性は高いですが」
 肩をすくめた私に彼はニコリと笑って手を差し出す。どういう意味かとその手と彼を見比べた。
「捕まえてほしいってことでしょうか。手錠を今手配します」
「言っただろう? それは、金田一くんとの約束だ。持ってるんだろう? その手帳」
 その言葉に私はため息をついた。こうなるとは思っていたが。私はその手を下ろさせつつ口を開く。
「……その前にもう一つのご質問は?」
 そう言って腰に手をあてて彼に尋ねる。彼は笑みを消して、じっと私をみた。
「……君はどうしてピエロ左近寺を助けようとした?」
「……見てたんですか」
「あぁ、すこしね。それで、どうして彼を助けようとしたんだ?」
 彼の眼の中には怒りのようなものがある。恐らく彼も知っているのだ。魔術団が母親を殺したのだと。それを助けようとした私が許せないのだろうか。でも、だ。私は。
「……彼らが、平然と生きていることよりも、近宮玲子が、母が、人殺しだというレッテルを貼られることのほうが、耐えられなかったので」
 そう言って私は目線を下げた。母親は最高の奇術師だったのだ。今までも、これからもそうだったはずだった。あの事件が起こるまでは。あのトリックは私がもらったトリックノートには書かれていない。だから、メディアや魔術団の連中は、母親を狂人だと殺人者だと騒ぎ立て、責任を転嫁させた。自分たちが悲劇の人間であるという風に。口の利かない母親一人を悪人にして。それが、許せない。殺したいほどににくい。
 私の発言を聞いて、彼は目を少し見開いた。そうして、ふっと自嘲したように笑ってから口を開く。
「……彼女は素晴らしい奇術師だった。善良で、まるで童話に出てくる魔法使いの様で、誰もにも夢を見せるような」
「でも、母は故意であったかはともあれ人を死に追いやってしまった」
 私の言葉に七海が息をのんだ。恐らくは、否定ばかりしていた私が事件を肯定したからだろう。私だって、わかっているのだ。でも、肯定したくなかった。それだけだ。事実は心情と異なるだなんていくつもの事件で私も見たことだ。
 ふいに高遠遙一がジャケットの懐から手帳を取り出す。少し高級そうな革の手帳は使い古されているものだ。私がその手帳と彼を見比べれば、交換だ、とすこし芝居がかったように彼は告げた。
「僕にはもうこれが必要ないが君には必要で、父親の手帳は君には必要がないが僕には必要だ」
 意味は図りかねる。しかし、恐らく手帳には何かがあるのだろう。誘いに乗るか否か、と考える。まぁ、私が持っている手帳の内容は個人のパソコンに入れているので彼に渡しても私には問題はないのであるが。それならば、条件を一つ条件に加えるだけである。
「中に書かれている建物を犯罪に使わないのなら」
「もちろん。君の言うことは聞くよ」
 頷いた彼に私は父の手帳を取り出し彼に渡す。彼は持っていた手帳を私に渡した。そうして、彼はもう私に用がないというばかりに、くるりと金田一くんの方に向かい――剣持警部に手錠をかけられたのが見える。
 最後にパトカーに乗るのを七海と一緒に少し離れた場所で見送ることにする。しかし、パトカーに乗る前に彼は「あぁ、それと」と足を止めると、私のほうに振り返って笑った。
「ナマエちゃん、僕達の復讐は僕だけで終わらせてしまったよ」
 私がその意味を問いかける暇もなく、彼はそのままパトカーに乗せられる。パトカーが曲がり角に消えていく。それを見送っていた七海がどう言う意味だ? と私を見下ろし、金田一君たちも私を見た。私は彼の言葉の意味を咀嚼し考える。そうしていきついた『家庭』に私は動きを止める。

 ――まさか、だ。
 私は彼から受け取った手帳を捲る。やはりそこに書かれていたのは母親の字だ。中に書かれているのはすべてマジックのトリックだ。終わりのほうには同じタイプの手帳から破られたページの切れ端が折られた状態で差し込まれている。私はそれを開いて息をのんだ。

 遙一へ。こんなことしかできなくてごめんなさい。それでも、ナマエと二人でステージに立ってくれたら私は嬉しいわ。私は貴方達の幸せを私はいつも祈っています。貴方の母親より。

 それは、間違いなく、これは母親が高遠遙一にあてたものだ。
 私が所持している山神魔術団がもっていた手帳には、ページが破られた跡がある。トリックを書いた紙を破いたのか、母親が何かを書こうとして破いたのか、何も判断がつかなかったものだ。

 ――こんな可能性なんて、想定しなかった。そもそも、私に双子の片割れがいるだなんてことも、思いもしなかった。何もかも、予想外だったのだ。

「ナマエ?」
「ナマエさん?」
 七海や金田一くんが私を覗き込む。私は七海を見上げた。
「七海、私達は二人とも、いえ、明智警視や団先生を含めてあの事件について思い違いをしてるかもしれません」
 ああ、そういうことか、と。やっぱり、と。私の視界がぼやけるのがわかる。七海が「どうしたんだ!?」と私の肩を掴む。
「光太郎、やっぱり母さんは人を殺してなかったんだ」
 いつもの通り、彼は肯定しない。でも、否定もしない。ただ、迷子の子供に問いかけるように目線を合わせて私に尋ねるのだ。なにかわかったのか、と。まあ、その問いかけに帰す前に私は無理をした関係で倒れるのだが。


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