されど奇術師は探偵と生きるか(2)


 二度あることは三度ある、ということわざがある。そのことわざ通り、私はまたこってりとお叱りを受けた。日帰りで帰るつもりだったという弁明はいみがなく、私の病室は薔薇十字に赴く前の通常の病院からDDCの近くにある警察病院に移されてしまっていた。道理で病室が違うはずだ。怪我を増やして帰ってきたことも悪く、医者でもある真木先生のお叱りがいつもより長かった。もうこれ以上は勘弁してくれと耳に蓋をする。明智警視が嫌味を言うので、雪夜叉といって黙らせておく。反省はしているが、後悔はしていない。今回は収穫がありすぎた。明智警視と私のやり取りを見て少し笑った団先生はお叱りモードをやめて私を見た。
「近宮君、七海君から話は聞いたよ」
「私が高遠遙一が双子の兄か弟かっていう話ですか」
 私の言葉に、明智警視が目を見開いた。彼は「それもある」とうなずいた。
「それも、ということは、私が気をまわさなかったことで殺人事件が起きたことを?」
「あのな、あれはお前のせいじゃないだろ」
 後ろのほうで様子を眺めていた七海がそう言って口を開く。他の面々はどういうことだという風に首を傾げた。
「ローズグランドホテルでの火災事件が今回の事件の発端だったんですよ」
「――君が二回目のひどいやけどをおった火災だね」
「どうもあれは人為的であったらしく……私が部屋から連れ出した母親の復讐のための事件でした。娘は殺人だと気づいていたんでしょう。もっと気にかけていれば、彼女は事件を起こさなかったかもしれない」
 そう言って手元を見つめる。団先生は「そうだったのか」と目を伏せる。
「それはなんとも君にとっても悔しい話だな」
「まあ、それは高遠遙一についても言えますけどね」
 私は顔をあげる。明智警視も団先生も紫乃ちゃんも、本郷さんも真木先生も驚いたように目を瞬いた。ただ、七海だけが帽子で目線を隠した。
「それはどういうことだ、近宮君」
「――僕たちの復讐は、僕だけが終わらせてしまったよ」
 私は彼が告げた言葉をなぞる。明智警視が目を見開いた。
「高遠遙一が警察に捕まる前に私に告げた言葉です。なにもかも当時の私も、明智警視も、誰も予想していませんでした。私にまったく同じ血を分ける双子の片割れがいたことも、三冊目のトリックノートがあったことも」
「三冊目のトリックノート?」
 紫乃ちゃんの言葉に私はうなずいて、三冊の手帳を並べる。私が母親からもらったトリックノート、母のものだと思われていたトリックノート、そして高遠遙一の持っていたトリックノートだ。中身をめくればすべて同じページめくりで同じ内容が書かれているのがわかる。違うのは、真ん中にある母親のトリックノートにはあの事故が起きたトリックがあること、最後にページが破かれた跡があることだ。高遠遙一が持っていた三冊目のトリックノートに挟まったちぎられたページをそこに当てはめれば、やはりぴたりとそれはあった。
「あのトリックは君の母親が書いたものではなく――」
「高遠遙一が近宮先生の筆跡を真似して書いたもの」
 団先生と明智警視の言葉にうなずく。紫乃ちゃんが「でも、何時すり替えたの?」と尋ねる。私はそこまで調べがついていないので、首を左右に振れば、七海が私に変わって口を開く。
「高遠遙一はあの事件の当時、魔術団のマネージャーとして働いていたみたいだぜ。多分すり替えるタイミングなんて何度もあったんだろう」
「調べてくれたんですか」
「……まあな」
「では、やはり、他の方も?」
「……――表向きには、全員事故扱いだ。いや、海外の警察は事故扱いにせざるを得なかった」
 七海はそう言って帽子をさわる。そうやって、言いづらいことをいうときに帽子を触るのは彼の癖だ。私はその言葉に高遠遙一はやり遂げたのだと再確認する。母を死に追いやった人間に復讐を。
「練習本番問わずマジックの最中で起こったり、完全密室の不可解な死に方をしたりしているからそう判断するしかなかったんだろうけどな」
「高遠遙一はすべてが終わったその時にタガが外れてしまった」
 私の言葉に七海は「たぶんな」と告げる。私は手元を見る。私がそうなった可能性だってある。私だって彼を殺したいほど憎かった。しかし、だ。全員が死んだと聞いて思い浮かぶのは快感でも安堵でも興奮でもない。そして虚しさでもない。責任と悔しさだ。私には責任がある。ジゼルの事件も、魔術団の事件も、母親の死にだって。そのすべては止められたかもしれない事件ばかりだ。
「……私が、自分で探ろうなんてせずに、最初から団先生や連城先生に相談していなければ彼はああならなかったかもしれない」
「近宮君」
 団先生に名前を呼ばれて、手元から彼に目を移す。まっすぐな目だ。七海と同じような。私にはできなかった目だ。真実を見抜くような。隠したいものを暴き立てるような。
「そうやって自分だけを責めるのは気味の悪い癖だ」
「でも、先生、事実そうです。私がもっとはやくに依頼していれば、母の願い通り高遠遙一と二人で舞台に立てたかもしれない。いえ、私が独り立ちなんてしなければ、母が死ぬことなんてなかった」
 きっと。穏やかな世界だったに違いない。母親が願っていたような。私の言葉に、七海が口を開く。
「――でも、あの事件がなければ俺たちはお前に会うこともなかった。どうであれ、その事件があったからお前は俺たちにあったし、今ここにいる」
 それは、そうなのだが。でも、それでも、私は母が望んだ未来を叶えたかったし、三人で舞台に立ちたかったのだ。手元にあるシーツがしわになる。ぽろぽろと流れる涙を隠すために、七海が帽子を私にかぶせた。
「近宮くん、私たちは君に謝らなければならない」
「何をですか」
「我々は、他の団員が死んでいたことをつかんでいた。いや、正しくは連城君と七海君が掴んでいた」
「でも、君には伏せていたんだ。君は危ういラインにいたから」
 真木先生がそう優しく告げる。それはそうだ。私が他の立場でもそうするだろう。恐らく、昔の私が聞いていれば、タガが外れていた。ざまあみろと笑ったかもしれない。だから、彼らは徹底的に私に目隠しをしたのだろう。私がトリガーを誤って引いてしまわないように。私が堕ちてしまわないように。団先生も優しい声色で私に声をかける。
「すまなかった。正直言って、君はよく耐えた。私たちは誰も『近宮玲子は殺人犯じゃない』という君の言葉を肯定できなかった。それはさぞかしつらかっただろう。今は証拠はそろった」
「お前が寝てる間、ドクター・ドクロに筆跡鑑定をしてもらった。結果、あの筆跡はよくまねされているが他のページのものとは違うものだと判断されたんだ」
 七海はそう言って私にかぶせた帽子にぽん、と手をのせる。
「――近宮玲子は、お前の母親は、人を殺しちゃいない。アイツの言う通り、お前の言う通り、ただの善良な奇術師だったんだ」
 ぽろぽろと目から落ちる水滴がかけられたシーツにシミをつくる。う、あ、と小さく情けない声を漏らさないように痛覚がない腕を噛む。七海がそっと私の背中に手をまわした。
「ナマエ、もう、我慢すんな」
 俺たちは本当にお前の味方だ。
 その言葉に私は子供のように泣きじゃくる。彼は子供をなぐさめるように私の背をなでた。

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