白い魔女と新しい刀(3)
「泣いてなどいない」
「うっそだぁ、あれ泣いてたでしょー!」
そう囃し立てた短刀達に大包平さんは泣いてなどいない!と繰り返す。どうやら近くから様子を伺っていたらしい。良い雰囲気だったから顔を出せなかったとは薬研くんのセリフである。良い雰囲気とは?と首を傾げてみたがそれは歌仙さんの一声によって佇まいがなおされる。全く、とこぼされた言葉に大包平さんは謝った。薬研くんがちらりと彼を見上げる。
「ま、なんだ、大包平の旦那。今は頼りないかもしれねぇが、俺たちを頼ってくれや」
「そうだな、次は後ろではなく隣に立たせてもらうぞ。大包平」
きっと、その言葉は彼にとっての。
「まさか了承してくれるとは思わなかった」
彼らの結論を政府に伝えれば、役人の第一声はそれだった。相変わらず何か紙を持っている彼はペラペラと紙をめくる。
「君に引き受けてもらいたい刀は何振りもいるが、いきなり全ては出来かねる。まずは二、三振り。それが落ち着き次第数を増やすつもりだ」
「そんなに数がいるのですか?そのような本丸は少ないと」
「本丸は少なくとも、そこにいる刀剣の数は多い。で、何が欲しい?天下五剣か?それとも珍しい刀か」
「いえ、そう言った人は特に。てっきり選ぶことなく渡されるのだと」
「……あぁすまないね、君のように引き受けてくれる審神者は選ぶ人が多いから。君のところの太刀が四、槍が一、薙刀が一、大太刀が一。打刀が八、脇差が四、短刀が八、か」
そう言って役人は電子ロックを触る。空いた扉の先にいたのは何十もの刀剣達だ。まるで箱庭のようである。真白を基調としたその空間、そこにいたのは全ての目がこちらを向いた。
「この中から好きに選べばいい。ここにいるのは主に先立たれた刀剣もいれば、主に売られた、捨てられた刀剣もいる。主に酷いことをされた刀剣もいれば、主にひどい仕打ちをした刀剣もいる」
その言葉に、ざっと周りは騒がしくなる。審神者か。審神者のようだ。白い。鶴丸みたいだな。鶴丸国永の嫁が何かか。ざわざわとした声も役人の静かにしろという言葉にピシリと止んだ。そうしてピシリと並んだ彼らはまるで売り物の人形みたいだった。それはどこか、あの私が産まれた場所の光景を思い起こさせる。
「いつものように指定はないのか?いつもは珍しい刀が真っ先に選ばれるだろ?」
「そういうものは特にないと聞く」
役人はそう言って私をみた。どうも選べというのは心が痛い。周りをキョロキョロと見渡していれば、今回の審神者は口も聞けないのか、と嘲笑うような声もした。私はその言葉にそっと息を吸う。そして口を開いた。
「私に力を貸してくれる方なら誰でも構いません。聞いたところ、同じ刀であっても性格が違うと聞きましたから」
帰ってきたのは当たり前であるが沈黙である。役人は私をみた。
「君は……刀剣に選ばせるつもりか」
「はい。私は彼らを選びません。いえ、選べません」
「どうして?」
「私が選んでも意味がないように思います。……私ができるのは彼らに手を差し伸べること、共に歩むことだけです。差し伸べた手を取るのも、取らないのも彼らの自由でしょう。歩み出すのも立ち止まったままでいるのも」
「立ち止まるのはいいのかい?」
「誰しも、いつかは歩き出すものですから。それが前か後ろかは当人次第でしょうけれど」
「にゃあ」
そんな声と共に足もとに温もりを感じる。そちらを見下ろせば愛らしい子虎がいた。本丸にはいない存在である。小さく虎くんと虎を呼んで短刀が駆け寄ってくる。服を見るに恐らくは粟田口だろう。子虎を抱え上げた彼は何度も何度も私に謝る。私は彼にあわせて屈む。
「大丈夫、怒ってないよ。その子は君の友達なの?」
「えっと、はい、とも、だちです」
消えいるような声である。彼はじっと虎と足元をみている。私はそっとその手をとった。
「あの、その、う、うぅっ」
「ゆっくりでいいよ、はなしてごらん」
「ぼくは、とらいっぴきたおせないし、きょうだいやほかのひとや、にかばわれてばっかだし、うぅっ、戦うのも、にがてなんです、でも、あの、えっと、いっしょうけんめい、がんばるので、ぼくたちを、つれていって、ください」
蚊の鳴くような声である。私はその声に笑う。
「もちろん、私でよければ」
「!」
ぱあっと表情を明るくした彼は後ろをみた。その視線の先には数振の刀がいる。どうせなら一緒の方が良くはないのだろうか。そう首を傾げていれば、私の手をとっていた彼が小さく「陸奥守さん」と呼んだ。
「五虎退、大丈夫ぜよ。はっはっはっ、新しい主は優しい人みとうでわしは安心じゃ」
「そんな君に朗報だ。この審神者は引き継でね。本丸には三十の刀剣しかいない。審神者自体鍛刀も顕著も苦手ときた」
「……おんし、何が言いたいんじゃ」
「そして、彼女の本丸に五虎退と同じく君はいない」
「!」
その声に彼は目を見開いた。
「……今の話はほんまかえ?」
「はい。貴方さえよければ、ですが、彼と一緒に来ませんか?きっと、一人で見知らぬ場所に行くよりも知っている人も一緒の方がいいと思うのです」
「審神者は何人連れ帰る気なんじゃ?」
「ニ、三人くらい、ですかね」
「ほんに、もう一人ええやが?」
「もちろん」
「よし!」
そう言って彼は一人の青年を連れてくる。離せ、と抵抗しているがいいのだろうか。
「えっと、いいんですか?」
「かまんかまん、同じ場所におった大倶利伽羅を一人残していけんからのう!」
「余計なお世話だ」
そっぽを向いた彼は私をみるとツイッと視線をそらす。役人が紙に何かを書き込むと、部屋をでるぞ、と扉を開けた。五虎退くんと陸奥守さん?に手を引かれて出た青年を見送り、私はそこにいた他に頭を下げた。
「皆さま、またいつか」
「審神者がそう頭を下げるんじゃない」
役人さんがバインダーで私の頭を軽く叩く。そうして出た廊下で私は三人をみた。
「私はナマエと申します」
「!?君は!こんのすけからの報告は本当だったのか!!」
「初対面の方に名前を名乗るのが礼儀でしょう。共に歩んでもらうのですから」
「僕も!いるんだけどな!」
「役人さんは人間ではないのですか……?」
首を傾げた私に彼は動きを止めて深いため息をついた。
「ナマエ、ナマエ、ナマエ。面白い響きじゃな。わしは陸奥守吉行」
「ぼくは五虎退です……!」
「で、こっちのすかしてるのが大倶利伽羅じゃ」
「陸奥守さん、五虎退くん、大倶利伽羅さんですね。私のことは主でなくても構いません。お好きにお呼びください」
「おん!そうさせてもらうぜよ!」
ニカリと笑った彼はなるほど本丸にはいないまた別のタイプだ。土佐弁だし。役人がもう一度ため息をついて、ゲートを私の本丸に繋げてくれる。見えた景色のそこには大包平さん達がいた。こちらに気づいた大包平さんと長谷部さんが何か言う前に今剣くんが飛び込んでくる。
「主さま、おかえりなさい!」
「大将、次からは誰かを連れていったほうがいいぜ。俺も含め誰一人仕事になっちゃいないからな。で、誰を連れてきた?」
薬研くんの言葉に私は後ろをみる。ヒョコリ、と顔を覗かせたのは五虎退くんだ。
「五虎退だ!」
「えっと、あの、その、こん、にちは、」
「おや、主、一人だけかい?」
「ううん、あとふた――」
「おいばか、押すな」
「おんしがとまっちゅうからじゃ」
大倶利伽羅さんと陸奥守さんがゲートから現れる。そうしてその先は消えた。
「大倶利伽羅と陸奥守か。俺はてっきり太刀を連れてくるかと思ったが」
「五虎退くんと元々同じ場所にいたようなので」
「なるほどな」
「良かったな、大包平の旦那。天下五剣じゃなくて」
「うるさいぞ」
「いやぁ、主、面白かったぞ。大包平はうろうろうろうろとゲートから動かなんだ。やれ主は天下五剣をだとかどうだと」
「鶯丸!」
そうやんややんやと騒いだ彼らに仲良しだなぁとクスクス笑う。大包平さんはこほん、と咳払いをした。
「とりあえず、みんなお出迎えありがとう。三人も疲れるだろうから、中に入ろう?」
手招いて玄関を開ける。おかえり、という第二陣の声が聞こえた。
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