白い魔女と眠れる心(4)
おやつは大広間で食べることが多い。もうすでに遠征部隊以外が集まっているのをみると、みんな待っていてくれたんだろう。いただきます、という言葉を告げれば全員が同じ言葉を告げた。そうして目の前の羊羹を一口大にきり、口に運ぶ。うん、美味しい。
「みんなでなにを話していたんですか?」
隣に座った秋田くんはあっという間におやつを完食して見せた。私は苦笑いする。まぁ寄ってたかってなんやかんやと考えていたのだから不思議に思ったんだろう。つん、と彼の胸をつつく。いつかはその推測を告げればいいのかもしれない。
「……秋田くんの心の中に、一期一振さんの心があるかもしれないね、ってお話」
「ぼくの心の中に、ですか?」
そう呟いた彼に私は推測だけどね、と呟く。周りはじっと私と秋田くんをみた。彼は小首を傾げたけれど。
「うーん……そうかもしれません!」
「え?」
「時々、声が聞こえるんです!みんなに聞こえないけど、優しい声だから、誰だろうってずっと思ってたんです!今の主君のお話を聞いて、すごい納得しました!」
秋田くんは満面の笑みでそう告げる。乱ちゃんが眉尻を下げて彼をみた。
「そっか、秋田は一兄の声を聞いたことがないから……」
「はい!」
「……じゃあ、秋田くん、一期一振さんに聞いてみてくれないかな。そろそろ起きてくれませんか?って」
私は秋田くんに目線を合わせて口を開く。
「?どうやればいいんですか?」
「……自分の心に聞く感じかなぁ……?」
「心ですか?」
「胸に手を置いて、目を瞑って。そうして聞いてみるの」
私が促せば彼は「やってみます!」と胸に手を置いて目を瞑った。そうして彼は元気よく、無邪気に問いかける。
「一兄、一兄、そろそろ起きてみませんか!今の主君は前の主君とは違います!優しいし、美味しいご飯だって食べれるし、美味しいおやつも食べれます!どうですか!起きてみませんか!」
秋田くんの言葉に、チカ、チカ、と彼の胸が光ったような気がする。少しの間をあけて、彼は口を開く。
「……大丈夫です、一兄、みんな心配しています。みんな一兄に会いたいって……そうです!」
「会話、してるの?」
それはまるで会話だった。いけるかも、しれない。私は乱ちゃん達をみる。
「今声をかけたらきっと乱ちゃん達の声も聞こえるよ……大包平さん、長谷部さん、一期一振さんの体をこちらにお持ちいただいてもいいですか?」
「主?」
「起きるかも、しれない」
私の言葉に、二人だけでなく他もガタガタと動き出す。一兄、一兄、と聞こえる声の中私はそっと秋田くんの胸に手を当てた。……光を感じる。そして、それに呼応する様にキーブレードが音を立てて現れた。私は少し距離を離して秋田くんにそれを向ける。
「主さん!?」
シャン!という音と共に光が秋田くんに放たれ、彼の心に呼応し空間が揺れる。
「私は少しだけ姿を消しますが、貴方達は呼びかけ続けていて」
それだけ告げて中に入る。誰かが私の服を引っ張ったらしい。そちらを見れば、薬研くんと乱ちゃんである。とりあえずダイブ空間は危ないので彼らを引き寄せた。
「主さん、なにこれ!?」
「秋田くんの心に向かってるの」
「秋田の心?」
「ほら、見えてきた」
そういえば、彼らは私の視線を辿った。見えたステンドグラスのような地面に、乱ちゃんが一言「綺麗」と呟いた。近づいてきたからか体は減速していく。そうしてゆっくりとそこに降りたつ。
「一期一振さん、いますか?」
私の問いかけに、先に「主君!」と声がする。そちらを見れば秋田くんが誰かといる。その誰かをみて、二人は「一兄!」と驚いて駆け出した。私もゆっくりそちらに向かう。青年は二人を抱きしめていた。ある程度近づいたところで彼は立ち上がり私をみた。
「貴女が新しい主、ですね」
そう言って微笑んでみせた彼に私は頷く。
「はい、私はナマエと申します。この本丸を引き継ぐことになりました」
「はい、存じ上げております」
「存じ上げて?一兄、知ってたのか?」
「あぁ、秋田とずっと一緒にいたからね」
穏やかに彼はそう告げる。
「一兄、戻ろうぜ。みんな一兄を待ってる」
「平野も五虎退も――そもそも粟田口のほとんどが折れてしまっていないのに、かい?」
「……あぁ、そうだな。ほとんどが折れちまった」
薬研くんはそう言って口を噤んだ。乱ちゃんがポロポロと泣いている。
「どうしてそんなこというの!」
それは怒ったような口調だった。
「どうしてそんなことをいうの!ボクらはずっと一兄が起きるのを待ってるのに!折れた 五虎退達だけじゃなくて、僕たちのことも考えてよ!」
「乱、一兄は頑張ってくれたんだから……」
「薬研はいいの!?一兄がこのまま、ずっと、寝てても!」
「いいわけないだろ?でも、当人が嫌だって言ってるんだ、無理強いはできない」
「主さんも何か言って!」
そう促されて、私は眉尻をさげる。そうして彼を見上げた。
「貴方が嫌ならば、無理強いはしません。でも、貴方の家族は貴方を待ってる。貴方だけじゃない。他の本丸の刀剣達だって、貴方が起きるのを待ってる。毎日貴方に何かしら話しかけて、毎日貴方に食事を運んでいます」
「……」
「私が信頼できないのなら、私を無理に信頼しなくても構いません。出陣したくないのであれば出陣せずとも構いません」
「職務を放棄しても構わないと?」
「私は貴方がいつかは前を向いてくれると信じています」
「忘れろというのですか、折れてしまった弟達を」
「いいえ、前を向くことと忘れることは違います。貴方には彼らの思い出がある。誰よりも彼らの残香がある。それと一緒に前を向くんです」
そう言って緩やかに目を伏せる。
「人が、誰かの心が、本当に消滅してしまったら、思い出も記憶も残りません。だから、貴方の家族は貴方が覚えている限り、貴方の心で生きています」
「心?我々にそんなものがあると?」
「心は他者との触れ合いでできるものです。貴方が何てあろうと関係はありません。貴方が家族を大切に思うのも、彼らを愛するのも、悲しむのも、誰かを憎むのも、貴方に心があるからです」
そう言って私はゆっくりと彼をみる。心とは、厄介なものですな、と小さく呟いた彼に秋田くんは首を左右に振った。
「一兄、心は厄介なものではありません!だって、心がなかったら、美味しい料理も美味しくないし、探検も楽しくないし、主君の魔法にワクワクしたりもできないんですよ!大丈夫です、一兄!ぼくが一兄をまもってみせますから!」
悪いやつなんて、懲らしめちゃいます!
ファイティングポーズをとった秋田くんに、私はクスクスと笑う。薬研くんも乱ちゃんもまた笑った。
「そうだぜ、一兄。俺たちは強くなった。一兄を守れるくらい……って言っちゃあ大袈裟だがな、集まれば一兄を守れるぜ。今の大将は昔みたいな無茶はぜってぇしない」
「うん、うん、だから、安心してよ、一兄」
彼らの言葉に一期一振さんは目を見開く。そうして絞り出すように口を開いた。
「……お前たちは、」
「一緒に帰ろう、一兄」
そう彼らが手を差し伸べる。彼は1度目を閉じて――何か決心したようにその手に手をかさねた。
「あぁ、」
その瞬間、緩やかな光が視界を埋め――元の広間へと世界が切り替わる。急に現れた私達に驚いた周りであるが、私には仕事が残っているわけで。パチリ、と同じように目を開けた秋田くんの胸に手を当て一期一振さんの心を取り出す。それが花の形になるのは私の性質の関係だ。その花をそっと一期一振さんに乗せればそれは彼の体に溶けるように消えた。これで、呼吸は完璧に整った。
「主君、一兄は……」
「一期一振さん」
そう優しくゆする。ピクリと、まず指が動く。それからゆっくりと時間をかけて――彼は目を開いた。同じように覗き込んでいた大包平さんが口を開く。
「おき、た……?」
しかし、そんな彼は粟田口の他の刀に突き飛ばされたのだけど。ゆっくりと彼は手を持ち上げ、じっとみつめた。
「なんと、あたたかな、」
「一兄――!!」
そう一期一振さんに抱きついた短刀や脇差の二人に私は立ち上がって場所を譲る。所々から鼻をすする音がする。他の刀剣も一期一振さんに近づいて代わる代わる声をかけているようだった。
「主がいなくなったので、何があったのかと……どちらに?」
「心の中、かなぁ」
「心の中?」
「難しい話ですよね。大丈夫です。むやみやたらに行きませんから。今回は一番ああするのがはやかったので」
「主は」
彼はそう言って私を見下ろした。
「本当に魔女のようですね。貴方がきてから奇跡的なことばかり起こる」
「……魔女はお嫌いですか?」
少しの自嘲をまぜて、彼にそう問いかけた。彼は「いいえ」と笑う。
「貴女が魔女であろうが、なかろうが――私達を救ったことには変わりない。この長谷部、地獄の果てまでお供いたしましょう」
長谷部さんはそう告げて、私の返答を聞く前に一期一振さんの近くに歩いていく。様子を伺っていた陸奥守さんが五虎退くんを連れていく。私の近くにきた大倶利伽羅さんは一言「よかったな」とだけ告げた。見上げてみれば、視線は一期一振さんに向いている。
「そうですね、よかったです」
そう言って私は囲まれた一期一振さんをみた。誰かの心にダイブする、それもキーブレードを持たない人を引き連れて、だ。全員無事に戻れたのが奇跡というか。そっと息を吐いて自分の手を見つめる。キラキラと光の粒子が舞ったのを閉じ込めるように手を握りしめた。
「今日の夕飯は豪華にしましょうか」
私のその一言に、もっと周りは騒がしくなったのだけど。
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