生まれざる者(2)
その穏やかな日が変わってしまったのは何時だっただろう。いや、穏やかな日があったのかさえ今やわからない。誰かに助けて欲しかった。どうしてこうなったかなんてわからない。ただ引き返せない道の先にこんなことがあったのだ。たすけて、と震える声で告げる。でも、それはきっと、自分が誰かにしたことの報復なのだ。化け物がその鎌を振り上げる。ああ、きっと、自分はここで――。そう目を閉じる。しかし、感じたのは痛みではない。聞こえたのは自分の叫びではない。剣が剣をはじく音。誰かが自分の腕を掴む痛さだ。
「主!走るぞ!」
そう言った金髪の彼は掴んだまま走る。燃える音がする。あちらこちらに折れた刀が散らばっている。それは自分がしたのである。どうして、どうして、と彼らの声がする。ずる、ずる、と体を這わせてそれらはやってくる。それらは彼に声をかける。それはおれ達を、それらは私たちを。そんな声と共にやってくる化け物を彼は刀で祓いよけて進む。そうしてたどり着いた先には青い着物を着た男がいた。
「獅子王、ここにいたか!――そのものは」
「――わかってるんだ」
そう言って金髪の彼は困ったように笑った。「でも、放っておけないんだよ」と告げる。
「――そうか。俺は何もイワン。無事な刀は全て回収した。真白殿の本丸が手当てしてくれている。後はお前だけだ」
「そっか」
金髪の彼は安堵したようだった。燃える屋敷を抜けて、どろどろの庭を走る。そうして明るい光に向かって走る。何かが引き留めるような声がする。金髪の彼が私を光に押しだし、そうして景色はいっしゅんにして変わった。
扉からはじき出された人物に、恐らくは大包平さんは気が緩んだんだろう。外れた手に私はその先を見る。手入れ部屋に連れていくようにはつげたが、まだ負傷したような刀剣達がたくさんいる。そのなかに、ぺたりと座り込んでいる人を見つけて私は首をかしげた。恐らく、刀剣ではない。感覚からして人間だ。
「――真白殿、扉を閉じられるか」
そう尋ねた定家さんにうなずいてはみたが、獅子王さんがいない。
「獅子王さんは?」
「――これ以上開けていれば、此処が危ない」
「でも――」
そうなにか言いかけたときだ。黒い影のような者が何かを串刺しにしたような状態で表れた。金色の髪。それは。
「――獅子王さん!」
短刀達が駆け出す。どろりとした目でこちらを見た彼は緩やかに微笑んだ。座り込んだその人は、彼を見る。影が彼を落とす。ガシャン、と音がして、彼から流れ出た赤がその人をぬらした。もう一度影は大きくその鋭い針のような者を振り上げる。私はキーブレードを取り出して、その針を防いだ。思ったよりも相手の力が強い。つばぜり合い、のような体勢で、私はその人を見下ろす。
「獅子王さんを連れてはやく安全なところへ!」
そう言っても動かない彼女を風の魔法を使って飛ばす。影が針のようなものから触手のようなものへと姿を変える。そうして私の剣をかすめ取ったそれに私は獅子王さんと彼女のてをひっぱって回避する。そうしてもう一度手を前に出せば鍵の剣は手に収まった。触手がこちらに向かってくるのでソレを回避していれば誰かがその影の間合いに踏み込んだのが見えた。バチリ、という音と共に閃光が走る。
「お前の相手は、」
――おれ達だろうが!
同田貫さんの声と共に、鋭い雷撃とともに一閃がはいる。のたうち回った影に、槍を持った御手杵さんが冷気を纏わせてソレを見る。そうして彼が槍を突き刺せば、氷の刃が影を襲った。またのたうち回ったそれは丸い球体のような形になる。
――悲シい。
聞こえた声に、私は目を瞬く。恐らくはお隣の審神者さんにも聞こえているんだろう。
――カナシイ。ドウシテ。
「う、わ、なんだこれ」
「聞くな。これはあの本丸にとどまっている負の感情だ」
定家本丸の審神者さんが球体を見る。カナシイ。にくい。コワイ。そんな声と共に球体にひびが入る。パきりという音と共に現れたのはとげとげしい形をした魔物だ。よくないもの、ということはわかる。
「生まれざる者」
ぽつりとつぶやいた定家本丸の審神者さんは眉間に皺を寄せる。
「我々はコイツに対する手段がない。だから、こうなる前にその本丸を閉じて消滅させるしかない」
「――でもよ、定家さん。真白ちゃんとこの刀剣の謎の攻撃、入ってるよな」
お隣の審神者さんの言葉に、定家本丸の審神者さんはうなずいた。
「ああ、あの不思議な力ならもしくは――真白殿」
そう言って定家本丸の審神者さんはこちらを見た。真白とは私のことらしい。ので、私はうなずく。なんとかすれば良いんだろう。
「私が動きを止めます。恐らく一番相性が良いのは大包平さんだとおもいます」
「――俺か」
「貴方の纏う力はあれの対です。でも、それは向こうにとっても一緒です」
「そうか、五行から外れた二行だから相違互換か!」
「御手杵さんと同田貫さんは時間を稼いでください」
「わかった!」
「おうよ」
二人の返事を聞き、私はもう一度鍵の剣をだす。カシャンという音と共に現れたその切っ先を上に向けようとして、大包平さんが止めた。
「俺がやる」
「でも」
「主の負担になるんだろう。俺がやる」
大包平さんはそう言って刀を抜いた。彼が小さく「光よ」とつぶやくのが聞こえる。その言葉と共に彼の刀身に光が纏う。
「――死にたくないなら、下がれ。あのときの借りだ」
そうまっすぐに魔物のようなものと向き合った彼は刀を振り落とす。
「――っこれがっ俺の、必殺技だ!」
光の斬撃が魔物に向かう。直撃したそれに、あたりは真っ白になった。しかしながら影がうごめくのが見える。バチリ、という音がもう一度する。
「五分も切りこみゃ、テメェも死ぬ、ってなぁ!」
走った稲妻の一閃に、それは雄叫びを上げながら消えた。
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