役人の独り言
その本丸は一目見ただけでも異質だとわかる。坂の上にある建物は共通のはずであるが、何処か洋風でモダンな建物へと変貌している。天守にあたる場所に至ってはまるで鐘つき堂のようだった。坂に沿って広がる建物も西洋風で気候さえも違うのだ。本来、確かに本丸は審神者の記憶や要望によって姿をかえる。だが、ここまで変わることはない。汚れすぎたために無に帰り、そして審神者の記憶により形成される。それが、今世のものであれ、前世と呼ばれるものであれ。日本生まれで日本育ちのはずの審神者。術者でもなんでもないはずの審神者。そのはずなのに何故か記憶より転じるこの小さな街の景色は外国のものだ。見晴らしの良い天守に似たそこで、今日も白い髪がゆれている。
「定家本丸からの報告は聞いている」
自分はこの本丸と政府を繋ぐ役人である。繋ぐ役割は基本こんのすけが請け負うのだが、審神者が交代した本丸についてはこんのすけだけでは役割不足であるがため、何振りかの刀剣に割り当てられるのだ。偶然、自分はこの本丸を任されただけである。ぺらり、と紙をめくれば最近この本丸に追加された刀剣の情報が書かれていた。
「解体される本丸から何振りか請け負ったようだな」
「はい、皆さん働きものでとても助かります」
真白。印象はただそれだ。肌も白ければ、髪も白い。色が抜け落ちたような、というよりは白い陶器人形に色が灯ったようである。他の本丸の審神者――演練の相手が多い――の中にはアンティークなその人形の付喪神なのではという声さえもあるという。
「政府としても引き取ってもらえて助かるばかりだ。最近はあの空間の刀剣も増えるばかりでね。こちらとしても困っているんだよ」
「増える?」
「これはこちらの落ち度なんだが、政府側の人手が足りていなくってね。だからこんのすけや俺たちに仕事が与えられるんだが……全ての本丸を巡回できるわけではないんだ。とりわけ、問題のある本丸は審神者の命令で閉ざしているところも多いしそのせいで危機的状況になるまで報告が上がってこないんだ」
そう説明すれば彼女はいくらか合点が言ったんだろう。ふむ、と考えるそぶりをした。そばに控えていた大包平が「なら」と声を上げる。
「ここに来るのはやめて問題のある本丸に向かえばどうなんだ」
「それはできない」
「何故だ。今のこの本丸に問題があるとでも?」
「問題があった本丸だからだ。定家本丸がここは無害だと報告は上がっている。むしろ、被害にあった刀剣達の回復にはもってこいだとな。だが、政府は危惧している。穢れを祓った後、無に転じたとはいえその影響がでる本丸がたまにある」
「……」
「どちらにせよ、ここに刀剣達を連れてくるのであれば政府の役人がつくことになるからね」
そういえば不本意ながら納得したのだろう。
「定家本丸が近くまた挨拶に来たいそうだ」
「それは何時ですか?」
「来週の頭くらいだと……」
彼女にそう尋ねれば彼女は「来週の頭」と繰り返し、何か予定を思い返したのか困った顔をした。
「お隣さんとバーベキューの日だ」
演練か何かの予定だろうか、と思った自分が情けない気がする。随分とまぁ、のんびりとしている――。
「羨ましい」
そう机に伏せて告げる。近くにいた同僚がこちらを見たが、羨んだところでこの仕事量から解放されることはない。1人一件の本丸であれば、こんなことにはなっていない。一人で数件、十数の本丸をかかえるなんてざらである。彼女の本丸は自分が抱えている案件の中でも比較的――いや比較にもならないほど――穏やかな本丸と言えよう。審神者と刀剣の間に入ること、審神者や刀剣の要望に応えること、ついでたまに監査。それらが山積みなのだ。あそこに自身の偽物がいたら怒鳴り散らしている気がする、とは口が裂けても言えないが。トントンと彼女に関わる書類の紙をまとめて術式を展開し電子データとして書き換える。まだ仕事は終わりそうもない。
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