SQUELCH!!


どこかのおとぎ話と誰かの記憶



 昔々、真っ白な王国がありました。真っ白な王国に住む人々はとても毎日幸福でした。それもそのはずです。真っ白な王国のお城の一番背の高い塔の中には善良な魔女が住んでいて、善良な魔女がみんなの願いを叶えていたのです。食事があるのは当たり前です。病もないのが当たり前です。モンスターや獣にに襲われないのも当たり前です。美しい服で着飾るのも、何もかもが当たり前です。善良な魔女は毎日願いを叶え、皆に幸せを届けていたのです。ある日、五匹の動物を率いた旅人が善良な魔女の元にやってきました。旅人は問いました。この国の住民は皆幸福なのかと。善良な魔女は答えました。皆を幸福にするために自分がいるのだと。旅人は笑いました。それは本気で言っているのかと。善良な魔女は問いかけます。ならば、誰が幸福でないのか。旅人は魔女を指差して口を開きます。
「キミだよ。人の願いばっか叶えて、自分の願いはないの?」
「願い」
「そ。おかしな話だと思わないか? 願いが叶うこの王国でキミだけが願いを叶えてない。それどころか、命まで削っている。不幸じゃないのか?」
 旅人の問いかけに、善良な魔女は何も返せませんでした。それが当たり前だったからです。話を聞いていた衛兵が旅人達を追い出しました。善良な魔女を叱ると、扉をまた閉じてしまいました。善良な魔女は、真っ白な花が咲くその部屋で、天井を見上げました。
「いつか、みんなが幸せになったら空が見てみたいな」
 善良な魔女はそう言ってまたみんなの願いを叶えます。みんなが早く幸せになるようにと。善良な魔女は毎日願いを叶えます。いつか空を見るために。体が動きにくくなって、みんなの幸せを叶えるのが難しくなったころ。今度は旅人と一緒にいた一角獣が善良な魔女の元にやってきました。衛兵はぐうぐうと寝息をたてています。衛兵だけでなく、魔女以外の城の中にいる人みんなが眠っていました。彼は立ち上がれなくなった魔女を見て悲しげな顔をしました。彼は問いかけます。この国の住民は皆幸せになったかと。魔女は首を左右に振ります。まだ皆幸せになってなどいないのだと。
「もうやめにしなさい。これ以上願を叶えては君の体が持たなくなってしまうだろう」
 一角獣はそう言って魔女に合わせて屈みました。一角獣はわかっていたのです。幸せであることが当たり前になれば願いが叶えられても満たされることはなく、傲慢になっていくのだと。この国の住民は王もふくめて皆傲慢で、魔女が願いを叶えるのが当たり前だと思っていることを。純粋な魔女は知らなかったのです。幸せは満たされることなどないのだと。不幸があるから幸せは感じるものだと。
「今度は君が幸せになる番だ。私が君の願いを叶えよう」
 一角獣はそう言って魔女をみました。善良な魔女はそれを見て、口を開きました。
「空を見てみたいのです」
「空を?」
「私は物心がついた時からずっとここにいます。だから、空を見たことがないのです」
「そんなことなら容易い」
 一角獣はそう言って善良な魔女を抱えました。そうして真っ白な花が咲く真っ白なその部屋をでて、どこかへ向かいます。そうして城の屋根にたどり着くと、上を指さしました。善良な魔女は上を見上げます。黒、紫、青、薄黄色、橙、そして泳ぐ白。いろいろな色が灯された天井でした。
「これが空だ」
「これが……空」
「あぁ」
「いろんな色があるんですね。青いのだと思っていました」
「もうじき夜が明ける。夜が明けて、晴れれば青くなり雨が降れば灰色になる。日が暮れれば橙に染まり、夜になれば黒くなる」
「この天井はどこまで繋がっているのですか?」
「どこへでも」
 一角獣はそう言って善良な魔女を見下ろしました。善良な魔女は一角獣を見つめました。
「どこへでも?」
「あぁ、空は全てに繋がっている。空の下に来たのだから、お前はもう自由だ」
 一角獣の言葉に、魔女は一角獣をみました。自由がよくわからないからです。朝が来ます。目が覚めた衛兵達や城に住む人々が魔女がいないことに気づき、騒ぎ始めました。どこからともなく旅人が現れて、一角獣と魔女をせかします。
「私と共に来ないか? 空の下で過ごそう」
「……でも」
「大丈夫大丈夫、この国の住民は十分幸せになったから」
 旅人はそう言って笑みを浮かべました。心に従え。旅人の言葉に意を決して善良な魔女は頷きました。衛兵達が駆けてきます。国の人々は当たり前のように幸福な日々が始まるのだと窓を開けて魔女に願います。しかし、衛兵や国の人々が見たのは一角獣に連れ攫われる魔女の姿でした。
 ――その国は徐々に終わりを迎えていきます。なすすべもない病に倒れ、獣の被害にあいました。しかし、それよりも、自分の思い通りにならないことに腹を立てました。美しかった白い王国はみるみる汚れていきました。そこでみなようやく気がついたのです。今まで自分達がどれほど幸福であったかを。幸福とは常にそばにあるものではないのだと。

 ――どこかの国に残る御伽話。

「ナマエ、具合はどうだ?」
 一角獣は魔女にそう尋ねます。あの城を抜け出した魔女はとても幸福でした。空の下、旅人の弟子となり色々なことを教わりました。旅人である師はもちろん兄弟子である一角獣や熊、蛇に狐に豹は魔女にとても優しく良く接してくれました。他の国にもたくさん足を運びました。妖精の友達もできました。でも、それには終わりが近づいていました。師も弟子も妖精も何もすることができませんでした。できるのは幸せを願うことだけでした。魔女はベッドに寝転んだまま一角獣を見上げました。
「今日は随分と楽です、イラ兄様」
「そうか」
「……今日は晴れるでしょうか」
 魔女はそう言って窓の外に視線を向けます。一角獣は窓を開けます。朝霧が光を反射してキラキラと光っていました。晴れの前の街の様子です。魔女はその景色が大好きでした。
 あの城を出た魔女はとても幸福に満たされていました。それが短いものであっても。魔女は大好きなその景色を見ながらゆっくりと目を伏せました。一角獣がそれに気づき声をかけましたが、魔女は眠りについたまま目覚めることはありませんでした。

 ――どこかの世界の薄まった記憶



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