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「ハナには言ったの?」
落ち着いた喫茶店である。ホテルの系列であるからか小綺麗な格好をした人が多い。平日の昼間だからか人もまばらである、そんな場所に連れてこられたと思えば彼は私にそう尋ねた。最近A代表の招集から帰ってきた椿くんが、渡せましたと言っていたから恐らくは彼は読んだだろう。運ばれてきたオレンジジュースをかき混ぜながら私は口を開いた。
「椿くんに頼んで手紙を渡してもらった。読んでるなら知ってるだろうし、読んでないなら知らないと思う。蓮はまだ知ってる場所にいるし、面と向かって言うつもりではいたよ」
私の言葉に彼は「つもりねぇ」だなんて私をみた。
「そのわりには俺にビビってたみたいだったけど」
「どう切り出せばいいかわかんなかった。失望されてるのも裏切ってるのも理解してたし、最悪ただの言い訳にしか聞こえないじゃん」
目を伏せてそう告げる。目の前にいる人物は怪我を言い訳なんかにしない人物だから。私の病気だって言い訳にしか聞こえないと思ったから。蓮はコーヒーカップを少し持ち上げて私をみた。
「お前な、そう思うならさっさと言ってくんない? はーあ、なんでまたこんなタイミングかね」
私は苦笑いする。A代表の試合前、東京ダービー前である。図らずしも達海監督のいっていたようなタイミングになってしまったわけだ。蓮はしばらく黙って、少しだけ自嘲を込めた表情で私をみた。
「……俺も今回ダメならスパイク脱ぐし」
引退するから、とあんにいった彼は目を伏せる。私は首をかしげる。そしてただ率直に感想を告げた。
「てっきり、蓮は死ぬまでサッカーやり続けると思ってた」
「なにそれ」
そう言って少し不機嫌そうに私をみた彼に私は口を開いた。
「なんだろう。勝手な想像? 蓮にスパイクを脱ぐっていう選択肢があるんだ」
私の言葉に彼はまた眉間にシワをよせる。
「……お前、俺を何と思ってんの?」
「蓮は蓮でしょ? まぁ私は最近の君はテレビでしか見てないから詳しくないけど、私の中の蓮はサッカー大好きで誰より上手い王様だから。なんだろうね。それ聞いて普通の人間だったのかって、びっくりしちゃった」
私はそうケラケラ笑う。カラカラと氷にはいったオレンジジュースをかき混ぜていれば蓮は呆れたような顔をして私をみる。
「……止めないわけ?」
「止めて欲しいの?」
問いに問いを重ねれば彼は黙った。ほら、君は口出しなんてされたくないんじゃないか。私は目を伏せて口を開く。
「そりゃあ、欲を言えば蓮とハナちゃんはサッカーできない私の分までサッカーして欲しいよ」
私がもう一度サッカー出来るときまで待っていて欲しいよ。
「でもそれはそれ。他人は他人、自分は自分じゃん。私の意見に蓮の意志が左右されることじゃないよ」
一口オレンジジュースを飲む。そうしてまた私は話す。
「蓮は私みたいに医者に止められたわけじゃないんでしょ。自分のことを自分で決めれるなら、他人にとやかく言われたって自分で決めるべきだよ」
蓮はしばらくの沈黙あと、あっそ、と短い返事でこの会話を終えた。そうして鞄にもたれかかるように座る。
「お前さ、いつ死ぬの?」
「知らない」
恐らくは私の未来は短い。日本に来られたのはそういうことではないかと私は思う。これからは好きにしなさいといった両親に、再手術を勧めていたのに内服薬で治療をという方向に転換したドクターに、私は勝手にそう思っている。私は手術をしたからといって回復するわけではなく未来が少し伸びる程度なのだろうと。そもそも恐らくその手術が高額なのだ。親が負担できるものではないし、私はもういい大人だ。だから、もういいよ、といつだったか私は両親に告げた。もう二人は充分私のために頑張ったのだから。
でもそんなことは蓮にいうことではない。わかっているのは一つだけだ。私は笑いながら口を開く。
「でも、蓮達よりは短いよ。あとは神様の気分次第じゃない?」
死ぬの怖いことだ。でも向き合うしかないことだ。生きることに足掻いたって神様の気分次第であっけなく命は散るものだ。
「でもまぁ、畳で死にたいとか、ベッドで死にたいとか、そういう願望を言えるのなら私はやっぱり最後にサッカーして死にたいね」
「はぁ?」
「君達が許してくれるなら、二人揃って青いユニフォーム着た後にさ、やっぱりちょっとでいいから私は君たちとサッカーしたい」
「何サッカーできんの、お前」
「ドクターストップはかかってるけど、ミニゲームならこの前ちょっと遊ばせてもらったよ。まぁ、やっぱり最後は薬に頼ったけど。でも、別に私は二人とサッカーできるならそこで死んでもいいかな」
本当はさ、諦めるつもりだったんだよ。
私は子供みたいに頬杖をついて窓から外を見ながら彼に告げる。
「でも、こうやって昔みたいに蓮と話してたら、やっぱり死んでもいいからサッカーやりたくなっちゃった」
だからさ、また一緒にサッカーやろうよ、とは腐っても言わないけれど。同じく窓の外をみた蓮は口を開く。
「そうかい。じゃあせいぜい長生きするんだな」