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「あれ? 藤澤さんだ。椿くん追いかけてきたの?」
「あら? 苗字さん?」
「あぁ、俺の通訳なんだ。今日に限って違う場所で見てたんだけど」
「ちなみに自分で費用出したりチケットもらったりです」
 ブイ! と藤澤さんにピースサインを送る。苦笑いされたけれども。前にいる人は初めましてだろう。初めまして、と頭を下げておく。後藤の恋人か? と尋ねた彼に後藤さんが否定した。
「ウチのクラブチームの事務員してくれてるんですよ!」
「アルバイトですけどね。……大人が集まって、何か悪い話です? サッカー賭博?」
「違う違う。苗字は椿が海外チームに行ったらどうする?」
「応援します」
「そういうのじゃなくて」
「まぁ私はバイトなので好き勝手言いますけど……フロントはそりゃあ手放したくないでしょうね。でもフロントが選手の成長を邪魔するのもどうかなって思います。達海監督の時みたいに椿くんが日本に帰ってきた時の受け皿になればいいじゃないですか。無理だったらいつでも帰っておいでって。椿くんも窪田くんも海外で活躍できると思うし、私としては楽しみなんですけど」
 そう返せば後藤さんに変な顔をされた。まぁそりゃあそうか。
「ははは、嬢ちゃんの方がしっかりしてやがんな」
「私嬢ちゃんって歳じゃないですよ。28だし」
「えっ!?」
「えっ、なに?」
「いや、そうだったのか!? てっきり椿とはならばなくても世良あたりかと」
「これ貶されてる?」
 首をかしげる。後藤さんが慌てて訂正した。藤澤さんも男性も驚いているあたり私の年齢何歳だと思われてるんだ。
「てっきり持田達の後ろを妹みたいにひっついて回ってたのかと思ってたんだが……」
「えっ、なにその可愛い感じの想像図。違う違う。同い年同い年。なんなら蓮とは小中高まで一緒だから。というか小学生以前から知り合いだから」
「そうなのか!?」
「持田選手と知り合いってことは花森選手とも?」
「えぇ、まぁ、持田蓮経由で知り合いましたよ」
「サッカーが上手いのは二人とされてたんですか?」
「まぁちょっとね。なに、藤澤さんやっぱり私の記事書くんですか?」
 ケラケラ笑いながら尋ねる。彼女は苦笑いしたが。じっとこちらを見た男性に首をかしげる。
「――嬢ちゃん苗字っていったな」
「ええ、ああ、はい」
「もしかして、元東京ヴィクトリーベレーザの苗字ナマエか?」
「え?」
 わーお、この人、私を知っている人だ。珍しい。後藤さんと藤澤さんが目をパチパチと瞬いている。私はミネラルウォーターを飲みながらかれをみた。
「珍しいですね、私のこと知ってるの」
「えっ、苗字さん東京ヴィクトリーにいたのか?」
「十年前はね。と言っても女子側ですけど」
「嬢ちゃんはある意味有名だぞ。女子のA代表確定、ベレーザの10番も確定してんのに一身上の都合でいきなりいなくなったからな。いやぁ、当時はいろんな推測がでたもんだ。子供ができた、駆け落ち……週刊誌の話題が持ちきりだったな」
 なんだそれ。ケラケラ笑う。
「そんなことなってたんですか? 超ウケるんだけど」
「じゃないといきなり消える理由にならないだろ。……本人が知らなかったのか?」
「いやー、あの頃、そんな暇なくアメリカにいかざる終えなかったというか。完璧夜逃げだなこの説明」
 ふふふ、と笑いながら告げる。何かあったのか、と言いかけた彼らが動きを止める。なんだ? と思って振り返ればハナちゃんがいた。ひらりと手を振って「あっ、ハナちゃんだ」なんて声をかければ彼が泣いた。えっ。私はパタパタと彼に駆け寄った。ハナちゃん? なに? 大丈夫? と声をかけて昔のように彼の顔をぺたぺたと触ってその涙を拭う。涙はぬぐってもぬぐっても彼から溢れ落ちた。ハナちゃん? 大丈夫? と彼の顔を覗き込む。さめざめと雨のように涙が私に落ちた。
「……大丈夫じゃない……」
「うん、」
「……十年間……ずっと……探して……」
「……うん、ごめんね」
 私が謝れば彼は小さく嗚咽を上げた。慰めるために彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。そうしているとおそらくは彼はやめて欲しくて泣き止むのだ。彼の髪がぐしゃぐしゃになったところで私は手を止める。そうして昔のようなな元気でた? と彼に尋ねなる。こちらを見下ろしたハナちゃんの涙を拭えば彼は少し笑った。体格も顔つきもあの頃より大人になっているのに、表情は何も変わらない。ああ、とうなずいた彼は、「ほんとうにな」とあの頃のように笑った。



「改めて十年ぶり。ハナちゃんの活躍はちゃんとチェックしてたよ。ごめんね、急に手紙渡されてびっくりしたでしょう?」
 向かい合った椅子。聞き耳を立てている後藤さん達や恐らくついてきた城西さんは無視だ。ほんとはね、と私は彼に向かって口を開いた。
「ホントは二人に黙ったままにしとこうと思ったんだけど、蓮に働いてるの見つかってさ」
「……そうか」
「あと、達海監督に伝えるのは約束しちゃった私の義務だよって言われて……だから、頑張って手紙を書いたんだけどさ」
 蓮の時に一度説明しているのだからもう一度説明くらい出来るだろうと思っていた。でも、難しい物である。それでもきちんと相づちを打ちながら聞いてくれる彼は優しいのだ。
「蓮にはまぁすごい不意打ちの偶然だったとは言え面と向かって言ったから、ハナちゃんにもちゃんと面と向かって話すべきだなって。でも、なにから話そう。でもそんなに時間ないよね」
 私は困った顔をしている。彼は「手紙を」と口を開いた。
「――手紙を読んだから、知ってる。練習中に倒れたことも、そのまま緊急入院したことも、アメリカで手術をうけたことも。サッカーはドクターストップがかかってることも」
 だから説明は良い。
 彼はそう言って私を見た。そうか、彼はきちんと読んでくれたのだ。ならば、その続きを言わなければならない。
「二通目の手紙は読んだ?」
「二通目?」
「ああ、知らないならいいや。じゃあ、そこから」
 私はそう言って彼をみた。
「今からハナちゃんが困ること言って良い?」
「……内容によるが」
「じゃあ、遠慮なく」
「いや、だから……」
「私、やっぱり二人とサッカーしたい」
 私はそう言って笑う。彼は目を見開いた。
「あのね、ハナちゃん。私、この前、蓮やお医者さんと話したりして」
「――ああ」
「短い人生を如何に悔いがなく生きれるかなって考えてたんだけどね。今のまま行くとハナちゃんと蓮とサッカー出来ずに死ぬとめちゃくちゃ悔いのこるなって結論になった」
「まて、何故短い人生と仮定する」
「お医者さんに聞いた。今のままなら何年くらい生きれるか」
「――何年時間がある」
「……次のワールドカップは見られるよ。だからさ、最後に――」
 一緒にサッカーしてほしい。
 隠すことなくそう彼に告げる。彼は眉間に皺を寄せて私を見下ろした。
「――お、俺は嫌だ」
 彼の言葉に私は苦笑いをする。そりゃそうだ。彼は優しいからやってくれるかと思ったが、常識的に考えて私のような存在とサッカーしてくれる人は少ない。
「――そりゃそうだよね」
「そ、そうじゃない。それが叶ったらナマエが死ぬだろう」
 はっきりといったハナちゃんに私は目を瞬く。
「そんな最後の願いみたいなものを俺はかなえたくない。俺がいくら天才だからといっても、それはできない。俺たちとサッカーができなくて悔やむなら、それを抱えたまま生きてくれ」
 彼はそう言ってまっすぐに私を見下ろした。私は彼を見上げる。
「――俺もナマエとサッカーがしたい。あの頃みたいにサッカーをしたい。でも、それでナマエが満足してそのまま死ぬなら俺はしない。その約束が長く生きる理由になるなら」
 彼はそう言ってまた口を開いた。
「ナマエから手紙をもらった後、知り合いの医者に話は聞いたから、そう言われる覚悟はできていた。余命が短いと」
「――うん」
「お、おれのなかのナマエは元気だったから。それを聞きたくなくて、会わないでおこうと思った」
「うん」
「でも、その病気と一番向き合っているナマエに失礼だと思ったからこうして会いに来た」
「……うん」
「ナマエが本当に元気になったらサッカーなんていくらでもできる」
 段々と視線が下を向く私に、彼は手を伸ばして私の頭をぐしゃりと撫でた。遠慮がちに。
「――し、心配しなくていい。俺は待てる。いくら時間がかかろうと、待てる。天才だからな。待つのは誰かさん達のおかげで慣れている」
 大人だなぁ、と私は彼に向かってぼやく。ぽろぽろとこぼれる涙を彼はその大きな手で拭った。少し震えているのはご愛敬だろう。
「――何年延びたらサッカーしてくれるの?」
 そう尋ねれば、彼はすこしかんがえて口を開く。
「……50年?」
「ふはっ、私もおばあちゃんだけど、ハナちゃんも蓮もおじいちゃんじゃん! サッカーできるのそれ!」
「も、持田は知らないが俺は出来る」
 ケラケラと笑う。ハナちゃんも「ふふふ」と笑い声を出す。
「――な、何も手立てがないなら、ど、ドイツで治療してみるか?」
「――ドイツに行くのもいいけど、先にアメリカかな」
「何かあるのか」
「もう一回手術する? って言われてるからさ。日本でやってもいいよって向こうのドクターがメールで言ってたし日本かな。……ハナちゃんのおかげで迷ってたのが吹っ切れた」
「――迷ってた?」
「最初は手術しないつもりだったんだよ。親に迷惑かけるから、もうこれは神様が私に授けた運命だなって諦めてた。けど、今のクラブチームの人と話して、蓮と再会してこうやって話してたらどうすれば良いかわかんなくなってさ。二人とサッカーできるならもうそれでいいかなって思ってたんだよ。ハナちゃんの言うとおりそれだけできたらもう人生投げ出していいなって思ってた」
 私の涙を拭った手を取って笑う。
「でも、ハナちゃんが待ってくれるならもうちょっとあがいてみるかな」
 これも神様が私に与えた試練なのかもしれないし。
 私がこぼした言葉に彼はまた穏やかな笑みを浮かべた。楽しみにしている、と告げた彼に私も涙を拭って悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「さて、じゃあハナちゃんには私の分まで代表戦を頑張ってもらわないとね」
「うぐ……ナマエまでそんなことをいうのか……」
「ハナちゃんができるから言ってるんだよ」
 そこまで言って、ああこれは違うか、と思う。彼は頑張っている。私の分まで頑張ってそう言えば彼はそれをも背負い込む。楽しさなんてそっちのけになる。だから私は「あぁ、ちがうな」と否定した。
「今回の大会はハナちゃんにしか頼めないから頼むんだけど」
「……天才には重荷しか与えないのか……ナマエさえもこうなのか……」
「ハナちゃん、私の分まで楽しんできて」
 私の言葉に彼はキョトンと私をみた。私はケラケラ笑って「なにその顔」と告げる。
「ナマエ、それは難しい……俺にも立場がある……に、日本のエースという立場が」
「大丈夫大丈夫、サッカーは観客もプレーした人も楽しんだもの勝ちじゃん。ハナちゃんも楽しんでいいよ。私が許す」
 何様なんだ、と言葉が続くだろうか。ここに昔の蓮がいたなら「お前何様なんだよ」と突っ込んでいただろう。でも、ハナちゃんはそんな言葉は続けず、そうか、と肩を揺らした。
「ナマエが許してくれるなら、それもいい」と。



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