はっきり言って吐きそうだ。体調がよろしくないのもある。でもそれ以上に、彼と会うかもしれないという状況のほうがよろしくない。いつかはこうなるし、いつかは出会うのはわかりきっていることだ。
 ――でも、それでも少しの精神的な余裕が欲しかった。今はそんな余裕など私にはないのだ。ナマエ? と、呼びかけられた声に私は振り返る。なんて返そう。頭が真っ白だった。しぼり出したのは「久しぶりだね」だなんていうありきたりな言葉だ。どうしよう、と考えていると、苗字? という声がかかる。そちらをみれば達海監督である。
「何してんの。有里が探してたぞ」
「いや、誰かさんのジャケットを見つけたので」
「あ、悪い悪い……なんか邪魔した?」
「いえ」
 そう言って達海監督にジャケットを渡す。
「へぇ、やっぱり、お前は逃げてたんだな」
 蓮が告げた言葉に私は固まる。そう思わせるのは仕方ない。彼に失望されるのも仕方ない。私はただ絶えるように目を伏せる。理由を説明しても言い訳だときっと彼は言う。振り返れば彼は眉間にシワを寄せていた。
「仕方ないよ、あれからサッカーできる状況じゃなかったんだから」
「はっ、言い訳がましいことで」
「そうだね。失望したでしょ?」
 そう言って笑う。きっと笑えてなどいないけれど。彼は私を見る。私は逃げるように達海監督の手を引いて彼から逃げる。達海監督は黙って、私についてきてくれた。有里さんと合流してやっと彼から手を離す。もー、何処に行ってたの、と問いかけた彼女に私は困った顔をした。


 きっと彼は憎むだろう。いや、憎む以上にああこんな奴だったのか失望するだろう。それでもいいのだ。私は彼を失望させるには仕方ないことをしているのだから。
 仕事と私事を切り替えないと、息を吐く。わかってはいる。わかってはいるのであるが、どうも引きずってしまいそうになるのだ。書類を整理して帰宅をする準備をする。気をつけてねだなんて声に有里さんもと手を振ってわかれた。そのまま元々用具室の前を通れば達海監督がサッカーの試合を見ているのだろう。サッカーの音声が聞こえる。その音声を聞きつつ練習場に進めば、やっぱり椿くんが練習している。それをなんとなく眺めていれば、彼は私に気付いてまた驚いた。
「苗字さん!?」
「ごめんごめん、驚かせちゃったか」
「い、いえ……」
「中に入って見てていい?」
「えっ、あ、はい」
 そう頷いた彼に私はベンチに座る。固まった彼に、固まらなくていいのに、と笑って足元に転がってきたボールを手に取る。どうぞ続けて、といったところで彼はガチガチに固まったままだ。それがおかしくて私はケラケラ笑う。そのまま彼目掛けて山なりのボールを蹴れば彼は上手にボレーして受け止めた。そのままパスをしてくれた彼にまたボールを返す。それを繰り返してから私はボールをゴールに向かって蹴った。枠に弾かれたボールを椿くんが拾ってシュートした。そのまま連携の練習のようになったり、ボールの取り合いみたいな感じになったりしながら遊ぶ。
「なに? やっぱり苗字ってサッカーできたの?」
 不意に聞こえた声に椿くんがヘマをする。私はそのボールをひろい、カーブを描くシュートを決める。
「ちょっとだけです。あんまり激しい運動はできないんですけどね」
「そなの?」
「ドクターストップがかかるんですよね」
 そう言って達海監督を見る。椿くんが苗字さんは何か悪いんですか? と首を傾げる。
「うーん、ちょっとね、運動するのは医者からストップかかってて」
「えっ!」
「これくらないなら全然大丈夫なんだけど、試合フルとかきつい練習とかはできないんだよね」
 ははは、と苦笑いしながら告げる。そうじゃなかったらもうちょっとサッカーできたんだけどな、と目を伏せて足元に転がるボールを真上に蹴り上げて頭に乗せる。
「サッカーしてたんですか?」
「18歳までね。練習中にぶっ倒れちゃって、……そこからやってないや」
 ボールを転がして足元に向かわせる。そのまま足で蹴り上げてリフティングする。まぁ途中で落としたけれど。
「……上手いもんだな?。結構いい線いってたんじゃない?」
 達海監督はそう言って私を見た。結構良い線にいってた、とは自分でも思う。倒れていなければきっと私は。そこまで考えて、私は自分を笑う。その『もしも』は私は考えてはいけない。考えたって意味がないのだ。だから、私は自分に言い聞かせるように告げる。「平々凡々、そこらへんにいるような選手でしたよ」と。




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