20

「あのさ、蓮」
 ベッドの上にいる蓮にそう投げかけてみる。足の手術は無事に済んだらしく、彼は暇そうにペラペラと雑誌をめくりながら「あぁ、帰ってきたの」と私に返した。私は個室の中、サイドに置いてある椅子に座って足をプラプラとさせる。ただいま、というより先にきりだしてしまったが故に、というか部屋に入るなり切り出してしまった言葉に私はちょっと後悔する。遅れて「ただいま、調子どう?」と聞けば「見た通りだよ」と返事が来たが。
「で?」
「サッカーするの、もうちょっと先にしていい?」
「……なに、急に」
「私も今季終わったら手術受けようと思って」
 そこで彼はちらりとこちらを見る。その視線に私は答えるように「寿命伸ばそうと思って」と告げた。私は彼にスポドリを渡しつつ私も買ってきたドリンクを飲む。
「ハナとなんかあった?」
「なんかってなに。あぁ、生きてほしいからサッカー一緒にやってやんないとは言われた。待っててやるから元気になったら出直せてきな」
 私が要約してそういえば、彼は視線を下に下げて肩を揺らした。笑ってやがる。なんだ? と思えば、顔を上げた彼はゲラゲラ笑って「やっぱ拗らせてる上に健気だねぇ!」と私の背中を叩いた。痛い。
「……お前もお前でそれ聞いて考え変わったわけ?」
「いや、元々蓮や他の人と話して悩んだりしてたんだけど、ハナちゃんの言葉に私の視界の狭さに気付いたというか。なんかさー、ぶっちゃけていい? というか、ぶっちゃけるね」
 蓮にそう言えば俺は許可してないんだけど、と返されるが私は気にしていない。なんやかんやいうが、結局この幼馴染みは聞いてくれるからだ。それは十年経っても変わらないのである。
「やっぱり元気にサッカーやりたい。私ってさ、村越さんや成田さん、川瀬さんやケン様より年下じゃん。病気克服したら今度こそちゃんとサッカーできるんじゃないかって。事務員も楽しいけど、動けるようになったらさ、スクールのコーチとかもできるわけじゃん」
 私は蓮をみる。
「だから、もうちょっと――むぐっ!?」
「……仕方ないから今回も待っててやるけど、次はないし」
 私の頬を思いっきり引っ張られる。痛い。握力強い。痛い。やめて、と抵抗しても彼はやめない。涙目で彼を見れば彼は吹き出した。ゲラゲラと笑った彼は、手を離す。
「今度こそサッカーできなくなったらさっさと言えよ」
「……うん」
「仕方ないから俺が生涯面倒みてやる」
 そう言って頭の後ろで手を組んだ彼に私は目を瞬く。それはどういう意味だ、と考える。いや、これ、聞く人からしたらほら。そう言ったことを除外して生きてきた私にはその言葉を処理できない。そんな私をみた彼は「なにその顔」と告げた。
「ま、椿くんと練習できるなら俺の調整ぐらいならできるでしょ」
「……あぁそういう、面倒って、仕事的な」
「……なに、期待した?」
「いや……いやー、なんだろう。今までそういうの除外して生きてたから驚いただけ」
 私が素直に言えば彼は目を瞬いて私を見下ろした。付き合ったこととかないの? と聞いた彼に君が割り込んで消えたやつ以外はないよ、と素直に返す。彼はふるふると震えてまた吹き出した。喪女じゃん! とゲラゲラ笑った彼に失礼な奴だな! と頭突きをする。まぁかわされたけれどな。腹が立つのでバシバシと彼の足の痛くないところを叩く。
「相変わらず失礼だな! 持田蓮! このやろう! 自分がモテるからって!」
「いやー悪いねー、誰かさん達とは違ってモテて」
「くっそー、今までの私の人生半分くらい君とハナちゃんとの約束でしめてたんだからな! 私の人生の責任とれ!」
「ふぅん?」
「なんでそう得意そうな顔してんの!」
「やっぱりお前は昔から俺が大好きだねぇ」
「はぁ?」
「だって今のどう聞いても逆プロポーズだろ」
 したり顔というのか、得意げな顔というのか、満足げな顔というのか。蓮はそんな顔で私を見下ろした。大人になったというのに、こういう表情はまったく変わらないらしい。ふはっ、と私は笑い声をあげる。立ち上がって飲んでいたペットボトルを私は手に取った。
「逆プロポーズかどうかは知らないけど、そうだね、私は昔から君のそんなところが大好きだよ」
 ケラケラとからかうように笑いながらそう言えば私の返答が予想外だったのか彼は驚いたように私をみた。
「やっぱり、私は君たちが大好きだよ。一緒にサッカーしたいくらいには」
 私はニコニコと笑う。蓮は私をみてから珍しく口元に緩やかな笑みを浮かべた。
「……ま、俺もお前とサッカーしたいくらいにはお前のこと好きだわ」
 そう言った彼の耳にほんのり朱が差していたことは、何十年か後まで私だけの秘密だ。




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