RE:カルペディエム 01『約束』
これは昔の夢だ。そう思うのは視界に写っているのが夏の澄んだ青空と見覚えのある子供の姿だったからだ。フットボールボールを抱えた子供は心配そうに俺を見下ろして口を開く。
「蓮くん大丈夫?」
なんと懐かしい夢なのだろうか。家の近所に住むコイツは校区の関係で学校は違えど同い年で、同じようにフットボールが好きだった。毎日毎日一緒にボールを追いかけて、同じようにヴィクトリーのスクールに入って。周りは下手くそだったのに、こいつだけは違った。おそらくずっと一緒にフットボールをしていたからだろう。相手の考えていることなんて手に取るようにわかったし、それは向こうもおそらく同じだった。
同じチームでフットボールするのは楽しかった。どうしようもなく、俺たちが一緒なら何でも一番になれると信じていたのだ。オリンピックだって金メダルをとって、ワールドカップでも優勝して。そんなどこの子供でも描くような夢。そんなものは中学に上がると同時にあっけなく破られるのだが。
理由は簡単だ。俺が男で、コイツが女だったからである。どうして同じチームではないのか。当たり前のことだ。筋力も体格も違う。スポーツを安全に行うための線引き。でもそれをすんなりと納得できるほど俺は大人ではなかったし、コイツと一緒にするフットボールというものは楽しかったのである。だから、隙を見つけては一緒にフットボールをした。途中で他のジュニアユースの花森が加わるのであるが。
手を引かれてむくりと起き上がる。夏の日差しのまぶしさにゆっくりともう一度目を伏せれば、次は「蓮」と俺を呼ぶ声がして目を開いた。景色はまた変わっている。桜が咲いているそこにはそこにいた高校生のアイツと花森と俺を見ている。数歩先にあるいたアイツは振り返った。
「――また一緒にフットボールしようね」
それは紛れもない嘘だった。こいつは嘘つきだ。だって、こいつは女子サッカーで一番になるといいながら消えたのだ。最初は待った。世間はこいつの失踪をデキ婚だとか夜逃げだとかそういう風に騒いだが、俺にはどうも信じられなかったのである。だって、こいつはフットボールバカだったからだ。
でも、何年たってもこいつは現れなかったのである。俺が怪我をしてオリンピックを逃がそうが、何をしようが連絡ひとつない。近所だったはずの家は空き家になり、いつしか違う家族が住んでいた。だから、俺は言葉を投げかける。
「嘘をつくなよ、逃げたくせに」
まるで映像だった。アイツはそこで止まったままだ。花森は待つといった。アイツに限って逃げるなんてことはないのだと。俺はばかばかしくて待つのをやめた。そこからはもうお互いにアイツの話題は出さなくなった。
今日も夢の中のアイツは微笑んだまま桜吹雪にさらわれていく。そうして俺は目を覚ますのだ。
もしも、なんて考えても意味がないことなんて自分でわかっている。『もしも俺が怪我をしなかったら』。そんなこととアイツがいたらなんていうことは同じなのだ。ああ、気分が悪い。どうしようもなく、アイツを信じていた自分をあざ笑う。ありえないのだと。アイツは逃げたのだと言い聞かせる。それでも心の中のどこかではあの言葉を信じているのは、二人で、三人でしたフットボールがとても。三人なら、絶対に世界をつかめると、漠然と。
夢の名残を寝室に閉じ込める。今日も一日が始まる。フットボールと自分と人生と他人、そんなものとの戦いが始まるのだ。