目の前にいたアイツに足を止める。検査を受ける人間が着る服を来たアイツは俺に気づいて足を止めた。何してんの、こんなところで。勝手に動いた口はそう告げる。なぜコイツが検査の服をきているのだ。健康診断と呼ばれるものではない。なぜなら受診する患者が持つモノをもって部屋の前のベンチに座っているからだ。何か言葉を発して欲しかった。しかしアイツはただ足元を見つめただけだ。検査技師がアイツの名前を呼ぶ。じゃあねと苦笑いしてアイツは部屋の中に消え、俺もレントゲン技師から声をかけられる。撮影、のちの診察室に移動する。アイツが消えた部屋はまだ検査中という文字が点灯していた。

 ――話を聞くべきだと、相手と向き合うべきだと。
 機嫌が悪い俺に当時からヴィクトリーのスタッフをしている人物は告げたのは何時だっただろうか。見かけたという話をしてからだったか。話を聞けば俺が出入りしている通用口をよく使うらしい。そこで待ち伏せしていれば、何も知らないアイツはゆうゆうと現れた。俺を見て足を止めたアイツに口を開く。
「……お前、どっか悪いの?」
 そんなことはないだろう、と確認したかった。ただコイツはマスコミの言うように重圧から世間から逃げたのだと思いたかった。
「ごめん」
「……なんで謝るわけ? こっちはどっか悪いのか聞いてるだけだろ」
 逃げたって言え。俺たちとの約束ができないからあきらめたと言え。そう念じてみてもアイツはただ、胸のあたりを指さす。それがどうした。それは理由なのか。椅子に座った俺はそうアイツを見上げる。
「十年前、練習中に倒れて、搬送されてさ。参っちゃったよ、心臓の病気が見つかっちゃって」
 そんなものを聞きたくない。約束の重圧から自分は逃げたって言え。冗談だって言え。だって、そうでないと――。だから俺はそういう自白を求めるように問いかける。
「なにそれ、冗談?」
 そう問いかければアイツは首を緩やかに左右に振った。
「……気づいたら病院でさ、手術しないと治らないって言われて、アメリカで手術したはずなんだけどさ、実際はまだ治ってなくって」
 だって、そんなことを。
「毎日薬を飲まなきゃ死んでしまうかもしれない体で。激しい運動をしても死んでしまうかもしれない体で」
 声が震えている。ナマエは顔を手で覆う。認めたくない。おそらくコイツも自分の現状を認めたくないのだろうことは理解できた。俺だって認めたくない。
「ごめんね。手術頑張ったらフットボールできるって思ってたのに、リハビリもがんばったのにやっぱりフットボールできなくてさ」
 ぽろぽろと涙を流すナマエを見る。一番悔しいのは誰か、そんなもの怪我をする俺が一番わかっているはずだろう。約束をかなえられなくなって一番悔しかったのは、漠然といつかはコイツが来るはずだと考えていた俺たちではなく、コイツだ。
「二人にあんな期待させるようなこと言っておいて、こんな体になっちゃってさ。ごめん。散々待たせた挙げ句、こんな結末でさ。本当に、ごめん」
 謝ってほしいわけではない。そういえば、昔もこうだった。なんでお前は男じゃないの、と口から飛び出た暴言にコイツは謝って見せたのだ。そのあと、俺は親にかなりきつく叱られて謝りに行ったのを思い出す。でも、今回は体が勝手に動いた。そっと立ち上がって抱き寄せる。コイツはこんなに小さかったか。こんなに弱かっただろうか。十年だ。十年の月日はこんなにも差を生むものだろうか。
「ごめんね、蓮、ごめんなさい」
「……謝んなよ、お前のせいじゃないだろ」
 約束が叶わないのはコイツのせいではない。だって。
「そんなの、お前じゃどうしようもないだろ」
 怪我だとか、病気だとか、そんなものは、自分でもどうにかできることもある。しかし、あがいてもあがいてもどうしようもないことだってある。コイツは間違いなく後者だ。
 ――神様はどうも俺たちにあたりがきつすぎる。
 あの頃考えていた理想は、俺たちから遠く離れていた。




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