RE:カルペディエム 03『炎に飛び込む』
フットボールはもうできないかもしれません。
そう告げた医者も、それを聞いてショックを受ける両親も、お見舞いにくる友人や監督もみんなクソだと思った。親といえどもお前たちの人生じゃない。俺がいなくなって清々するやつもいれば、俺がいた場所に収まるやつもいる。こちらの心境も知らないで。神様がいたとしたなら俺は恨むだろう。強豪校のスタメン、しかも10番まで上り詰め、大会で活躍してプロになる算段だった。それがあの車が突っ込んできた一瞬でパァになったのである。十数年の努力も、今までの功績も、全部、全部! みんな最初は俺を同情するだろう。他人の人生だから憐れみをむけ、『可哀想な人』として扱われる。そうしてひとしきり消化した後、投げ捨てて気にも留めないのだ。
手元にある雑誌を見る。別のチームにいる友人が喧嘩ごしにおいていったフットボールの専門誌だった。特集されている選手は知っている。不死鳥と呼ばれる東京ヴィクトリーの持田蓮だ。怪我をしても、もうダメだと噂されても、またあの炎のような青を着て現れて、また離脱していく。その繰り返しの選手だ。どうして、アイツがこれを置いていったかなんてわかりっこなかった。
――どうしてこの人は諦めないのか。雑誌を眺めてそう考えていたが、俺は別に答えが欲しかったわけじゃない。なのに、まさか本人を目にするとは思いもしなかった。どうして、こんなタイミングで。なんで、この一般の病室に。目の前に現れたその人は興味深そうに俺を見る。隣の、何も知らない奴が俺を見たから。君はサッカーやってんの? だなんて尋ねてくる。ボールにサインをし、隣のやつを励ました花森圭悟も俺を見た。俺は言葉を詰める。果たして俺はサッカーをやっているのか。『やっていた』じゃないのか。言葉を返せないでいると、真ん中にある椅子に座った苗字とかいう奴が口を開く。
「蓮、今この子結構ナイーブだから」
「なんで。聞いただけじゃん」
「青葉の10番」
そう言った彼女にこの人が俺を知っているわけがないとたかを括る。トップにいるような人間が、俺みたいなただの高校生を目にかけるか。しかし、予想していた反応とは違う。花森圭悟は少し眉間にシワを寄せ、持田蓮はというと「知ってる」と相槌を打って俺を見下ろした。
「ニュースになってるやつだろ。一時期話題になった」
持田蓮はそう言って俺の足を見る。布団をめくったその先には固定された足がある。
「なんだ、足あるんだ。悲痛な顔してるから足が無くなったのかと思った」
彼はそう言ってから、またこちらを見る。
「で、フットボールやめんの?」
その問いかけに答える術など俺にはない。そんな様子を見て、持田蓮は口元に笑みを浮かべた。花森圭悟が浮かべるような穏やかなものではない。嘲笑うと言う表現がぴったしだろう。そうして、持田蓮はこちらにナイフを振り下ろす。
「お前にとってのフットボールってそんなもんなの?」
俺にとってのフットボールはこれまでの人生に似ている。この二人とは違って長くはない。でも、本気でいつも取り組んだ。俺はフットボールを。でも、医者は、両親はフットボールができないと。あぁ、ぐちゃぐちゃだ。感情が。俺の内心と周りの意見が違いすぎる。できないと、できるはずがないと。ちらりと視界に雑誌がはいる。彼も、何度もできないと無理だと言われたはずなのだ。あきらめたほうがきっと楽なのに。どうして。
「……なんでアンタは諦めないんだ?」
ぽつりと呟いた言葉に、彼は口を開く。
「まー、おれには野望があるんでね。10番も貸したままだし……で、お前は諦めんの?」
その問いかけに黙る。ぐちゃぐちゃとした内面では答えが出せなかった。持田連は言葉を続ける。
「まー、いいんじゃない? 諦めても。人生色々あるし、強制するわけじゃない。でも、他人がお前の場所にいて10番つけてるのみてお前は何にも思わないわけ?」
何にも思わないわけがない。腹が立つ。そこは俺の場所なのだと。でも、医者は、両親は、フットボールを。
「はっきりいって、そこでリハビリもなんもしてない状態であきらめんなら、お前にとってのフットボールはそんなもんだって話だよ」
持田連ははっきりと嫌悪をにじませてそう言った。俺は違うと反射的に反論する。違う。俺にとってのフットボールは違う。
「あそこは、俺の場所だ」
「なら戻ればいいだろ」
「でも、親が」
「親が何? 」
「医者が」
「医者が何。なんで他人に任せてんの? お前の人生なんだから、お前が決めたら?」
持田蓮の言葉に俺は動きを止める。そうだ、確かに俺の人生だ。親のものでも、医者のものでもないはずなのだ。もっと、俺が決められるはずなのだ。なら、俺は――。
「サッカーやりたい」
結局はそうなのだ。俺はフットボールをしたい。フットボールをし続けたい。周りに何を言われようと。ポツポツと涙がしみをつくる。諦めたくない。フットボールをやりたい。だれに何を言われようと。
「まだフットボールやりたい」
俺の言葉に持田蓮はケラケラ笑った。じゃあやればいいじゃん、と。無理だとか否定することなく、ただあっけらかんと。俺はそれを聞いて顔を上げる。
「別に止めることはないだろ。せいぜい花森を蹴落とすくらいには頑張ったら?」
「な……俺より先に、お、お前が先に蹴落としゃれる……」
「は? なにいってんの?」
「い、いや、だから」
「は?」
頭上でぽんぽんと会話が交わされる。それを聞いてけらけら笑う苗字さんに、二人は「お前から蹴落とされる」と告げたが。……どういう関係なんだこの三人。
「……あ、そうだ、ついでだし、リハビリがてら長谷くんにフットボール教えたら? どうせ最初なんてまともに動けないんだし」
苗字の言葉に、なんでそんなことを、と思ったが隣の奴が嬉しそうにしたから黙る。サインが入ったフットボールボールを抱えて、こちらを見た隣に眉間にシワを寄せる。
「お前に俺の相手がつとまんの?」
「えっ……なっ……」
その発言に大人の二人は顔を見合わせた。苗字さんだけがけらけらと笑う。まるでいつかの誰か達みたいだと。