RE:カルペディエム 06『写真』


 稲瀬、いい写真やろうか。
 関東にいる知り合いからそんな連絡が来たのはオフシーズン真っ只中である。なんとかトップの成績を維持しつつ自分の監督業は続行できることが決まり、次のシーズンについて考えている時である。一時期を同じチームでプレーした彼は随分人当たりが良くなったものだ。まぁ、未だに現役な彼とは違い、同じ時代を駆けた俺は一足も二足も早く引退して今や女子フットボールの監督なのであるが。
 電話から聞こえた声はどうも上機嫌だ。いい写真とは? と聞き返せば、いい写真はいい写真だよ、と告げる。これで際どい写真やこの人のオフショットなら文句を垂れたいところである。
「何の写真です?」
「いい写真はいい写真だよ」
「答えになってませんよ、それ」
 俺はそう言ったところで彼は送ってくるのだろう。送ると言ってきられた電話に呆れた顔でスマホを見つめる。そうしてメッセージアプリで送られてきた画像に俺はスマホを落とした。向かい側に座っていたGMの猪瀬さん達はその音に俺を見たのだが。
「稲瀬?」
「いえ……」
 慌ててスマホを拾い、もう一度写真をみる。相変わらず三人セットなのかとか、そういう感想を抱き始めた時だ。成田さんからまたメッセージが来る。

 ――持田曰くもう一回手術してフットボール続けるらしいぞ、よかったな。

 そのメッセージに顔を俯かせる。よかった、と小さくはいてしまったのは仕方ない。恐らくは死んでいないだろうとは思っていたが、十年間音沙汰がないのはどうかしている。本人に連絡する余裕がなかったのかもしれないが。

 最後に見た時、アイツは顔をやけに白くさせていた。
 いきなり苦しんで倒れたのである。周りは冗談だと受け取った。この18歳はどうも悪戯小僧のような節があって、偶にチームメイトやコーチ、俺に対しても悪戯をする。練習中はさすがにと俺は怒りながら近づいたのだ。苗字、悪ふざけがすぎる、と言いかけて違うのだとすぐに理解した。
 頭が真っ白になった。その日は追い込むような練習でも何でもなかった。ただ普段より暑い日ではあったが。どういうことか、と動かない頭で考える俺より早く動いたのが偶々近くを通りがかった成田さんだったのだ。気道を確保し、心臓マッサージをはじめた彼を見て俺は意識を戻して周りに指示を出し、彼と交代しながら心臓マッサージをする。持ってこられたAEDをつけ、何とかアイツは命を繋いだ。緩やかに目を開いたアイツが、病院に運ばれたアイツが願ったのはたった一つだ。誰にも言わないで、と。戻ってくるから、言わないで、と。上層部は俺たちはその言葉をのんで黙った。仲の良い幼馴染みの二人でさえも。それが女王様になりかけた少女の願いだったからだ。

 ――それから十年だ。あまりにも遅い帰還である。主役は遅れてやってくるというが、これはいかんせん遅すぎる。「稲瀬?」と首を傾げたGMに、「いえ、なんでもありません」と返すのがやっとだった。しかし、猪瀬さんは俺を見て何かを理解したらしい。
「もしかして苗字からメッセージが来たか?」
「……っえ?」
「いや、UAEで苗字と会ったんだよ。花森に会いに来たって言ってたぞ」
 その言葉に顔を上げる。
「なんでも一人に説明したなら、もう一人に説明しなきゃでしょ? って言ってたが」
「あぁ、まさかそっちとくっついたのかと思ったら違うのか……」
 そう率直な感想をこぼす。何時かその一人に『まるでお前の所有物だな』と言った日を思い出す。確かあの時はっきり肯定され、当の本人が自分はモノではないと怒っていたが。
  猪瀬さんは俺を見て問いかける。
「で、どうする?」
「何がですか?」
「プロテストを受けてみたらどうだって勧めたんだよ」
 その言葉に俺は息を詰める。本来ならほとんどあり得ない話だ。当時が18歳、その十年後だから今は28歳。あまりにブランクがありすぎる。プロに戻れるかといえばかなり難しい。アイツの古巣であるヴィクトリーは動くかもしれないが、それでもすぐに切られるのが見えている。
 しかし、アイツのことだから。
 青を着たいのだと監督だった俺に願った。幼馴染みの二人と同じ場所に行くのだと。同じ場所に立つのだと。諦めなど知らなそうな、まっすぐな瞳で。てっきり音沙汰がないから諦めたのかと思っていた。でも、違うのであれば。ほんの少しの期待をのせて俺は告げる。
「……使い物になるなら欲しいですね」
 俺の言葉に猪瀬さんは笑った。それでこそお前だよ、と。




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