苗字の幼馴染みって持田だろ。そう言った達海監督に私は彼を見上げる。なんでそう思うんです? と尋ねれば彼は「プレシーズンの時以降」と私を見下ろした。
「東京ヴィクトリーと試合の時、持田がだいたいお前を探してるし、会ったら会ったで苗字が詰めよられてるし」
 なんかあったの? お前ら。
 達海監督の言葉に私は言葉を探す。探して探して、諦める。彼が真面目な顔だったからだ。
「昔、酷い約束してしまったので」
 向こうは私に失望している。私も私で自分に失望しているし、後ろめたさを感じている。
「酷い約束?」
「大人になったら、また一緒にサッカーしようっていう約束です。同じ青いユニフォームをきて」
 彼はそこで目を見開いた。私は可愛い約束でしょう? と笑う。もう叶うことがない約束だ。蓮が青いユニフォームを着たとしても、私が青いユニフォームを着ることはありえないのである。
「……向こうはお前の状況知ってんの?」
「いえ、十年前から音信が途切れて今シーズンで再会したんで向こうは知らないと思います。彼らにとってサッカーしてない私は、裏切り者で、失望しかないんですよ」
 そう言って私は足元に転がったボールをみつめる。サッカーやんないならその足寄越せよ。そう不機嫌そうに告げたいつかの蓮に私はなにも返せない。そんなものあげられるのであればあげたい。むしろ私はあの時死んでいた方が良かったのではないか。そうしたら神様に蓮と花ちゃんのことを頼めたのではないか。そちらの方が有意義であったのではないか。ああ、メンタルが弱くて嫌になる。
「そんな相手とサッカーできると思います?」
 唇を噛み締める。悔しい。本当は諦めたくなんかない。でも、生きるためには諦めるしかないのだ。
「――でもさ、苗字。俺みたいに後悔がないわけじゃないんだろ?」
「……」
「ならさ、一回話してみた方がいい。俺がいえたもんじゃないけど、お前を待ってる奴は多いんじゃない? どうしてこうなったかっていう説明は、とんでもない約束こじつけちまったお前の義務だよ」
 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる感覚がする。ちらりと見上げれば、意外と何とかなるかもしれないだろ、と達海監督は笑ってみせた。
「大丈夫。お前は一人じゃない」
 あぁ、この人はできた大人だ。私みたいな子供の延長をいきる人間ではなく、本当の大人だ。私は子どもみたいにしゃがみ込む。上から降ってきた達海監督のジャケットに隠れて、私は小さく嗚咽を漏らすのだ。


「元気出た?」
 私を覗き込んだ達海監督に、「出ました」と頬を叩く。頑張れそう? 頑張れます。そんな問答を繰り返したのちに、私は立ち上がる。はー、仕事の手を止めてしまった。仕事にしろ、何にしろ、やることは山積みである。
「とりあえずオフシーズンに話せるように努力はします」
「今シーズンでもいいんだぜ。次の東京ダービーの前とか」
 そう言ってのけた達海監督に、この程度で精神揺さぶれませんよ、と苦笑いする。そんな繊細さはアイツにはきっとない。
「先にもう一人に話した方がいい気がするけど、その一人は海外だしな」
「手紙送れば?」
「手紙……このチームからA代表が出たら渡してって押し付けようかな。椿くんあたり選ばれないですかね」
「さぁ、こればっかりはわかんないね……ってか、何、もう一人ってA代表選ばれるの確定なの?」
「はい、花森圭悟っていう変な子なんですけど」
 変な子、と繰り返した彼に私は治っているのかなアレとケラケラ笑う。
「まぁー……持田蓮に関してはおいおい考えます」
「ぶっちゃけるのは東京ダービー前ね、東京ダービー前」
「だからショックも何にもないですってば」
「あ! いた! 苗字さーん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。心配かけました。仕事に戻ります」
 有里さんにそう言ってボールを拾い上げる。達海監督にもう一度お礼を言って、私は有里さんの元にかけた。




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