The Invisible Girl-1-


 ランチタイムの手伝いをし、お昼過ぎにやってきた少年たちと少し話をし、あっという間に夕飯の時間だった。仕事をしていれば彼女のことを考えることはないので過ごしやすいと言えば過ごしやすかった。でも、こうして動きを止めた瞬間にどうしようもなくその不安は襲ってくる。どうしよう、と。嘘をつくのをやめてみる。せめてそうしたらどうかといったその人の前では、今日だけは。だから、名前はなんていうの? と尋ねた彼らに「名乗る名前はありません」と返し続けてみたのだ。みんなそれを聞いて「変なの」と笑った。
 変。変なのだ。敷島麗華をやめた私は変だ。どうしたらいいかわからない。「敷島麗華」になってはじめて得た「普通に限りなく近い生活」は「私」に戻ればなくなってしまうのだ。そのあたりを歩く誰かと同じ様に人生を歩むことは私にはできないのである。でも、でも、とまた堂々巡りだった。目の前に出されたスパゲティを見つめる。向かいに座った安室さんは私を見下ろして「食べないのかい?」と尋ねた。
「今日は、嘘をつくのをやめてみようとおもったんですけど」
「そうか、どうだった?」
「改めて自分は変だなって」
 そう言って私は言葉を止めた。彼はその言葉の意味を咀嚼しているようだった。そうして何かに思い当たったのだろう。彼は驚いたように目を見開いた。
「――もしかして君」
 扉が開く音が来客を告げる。彼はすぐに「いらっしゃいませ」とそちらを見た。私もそこにいる人物をみた。コナン君となのった眼鏡の少年と私が探していた工藤夫妻である。工藤先生、と声をかけられた彼は私を見つけて口を開く。
「やあ、敷島さん。夏ぶりかな」
「聞いたわよ、麗華ちゃん、貴女、あのホテルに戻ってないらしいじゃない」
 工藤母は工藤父は私の隣に座り、安室さんの座っていた席に腰かけた。私は「どうして?」と尋ねるしかない。あのホテルには帰っていない。でも、オーナーにはきちんと家に帰るからやめるのだと信用性のある嘘を告げたはずだ。
「どうして」
「大木から連絡があってね、君も行方知れずになったと聞いていたんだ」
 安室さんが水とメニューを出しながら問いかける。
「工藤先生、いつ帰ってきたんです?」
「今さっきだよ。敷島さんが私に会いに来て、君に連れられて行ったと聞いてね」
「敷島?」
「彼女の名前だよ」
 そう言った彼に、私は言葉を止めた。敷島麗華ちゃんっていうのよ。長野にあるホテルで、住み込みで働いていたの。そう言った工藤母に梓さんが「へえ」と告げた。コナン君と工藤父がコーヒーを頼み、工藤母がケーキセットを頼む。梓さんが注文を取りながら口を開く。
「麗華ちゃん、名乗ってくれないんですもん。今日一日名乗る名前はないってばっかり」
「名乗る名前がない?」
「あら、どうしてそんな嘘をついたの?」
 私に尋ねた工藤母に、工藤父はそう言いたくなることもわかると笑う。その様子をみてコナン君は苦笑いしていた。私はまたスパゲティを見下ろす。
「敷島さん?」
「どうすればいいかわからなくて」
 そこで雰囲気がかわった。和やかな雰囲気が一変して、どこか張り詰めたような雰囲気に変わる。何かあったの、と見上げたコナン君に私は震える手を握りしめる。沈黙である。工藤母が優しく私の背中をなでる。その手のやさしさは、懐かしさを感じるようなものだった。私は大きく息を吸って、言葉を吐き出す。
「――私、敷島麗華じゃない」